へでもいって、もっとドスのきく目玉に打ち直してもらってきなよ」
着眼するところ、つねにかくのごとく細密鋭利、しかも相手がまたことばのとおり、懐紙一枚たりともむだにはしまいと思われるような七十あまりの、一見するに内藤家老職のご後室さまといったようなみだしなみも好もしい切り下げ髪のお上品なご隠居さまでしたから、その慧眼《けいがん》の鋭さには、何度舌を巻いても巻ききれないくらいです。いや、事実相手のご老体は、駿河守《するがのかみ》家老職のご後室さまなのでした。
「お忙しいところを、ようこそいらせられました。当屋敷の側《そば》用人を勤めおります渡辺助右衛門《わたなべすけえもん》の母めにおじゃります。さっそくじゃが、不審はあれなる品でおじゃりますゆえ、とくとお調べくださりませ」
ことばゆかしく請《しょう》じながら、いっときも待ちきれないというように、そこの床の間に飾ってある桃の節句の祝い雛《びな》を指さしたので、静かに見ながめると、なにさまちと不審なのです。あるべきはずの内裏雛がそろっていない! 矢大臣も、官女も、庭侍も五|人囃子《にんばやし》もほかの雛人形に異状はないが、肝心かなめの内裏雛が片一方の親王家ご一人だけで、お相方のみ台さまが欠けているのです。
「盗難にお会いなすったのでござりまするか」
「いいえ、それだけのことなら、わざわざお呼びたてすることはござりませぬが、ちとこみ入っておじゃりますのでな、これなる雛のいわれから先にお話しいたしましょう――」
うれわしげに老眼をしばたたきながらこまごまと語りだしたところによると、いかさま少々どころか、大いにいわれ因縁のある雛でした。――ご後室に春菜という孫娘があって、これがちょうど十八歳、内藤小町とうわさが高いほどな美人だそうなが、七つの年に同家中の重役古島|五郎左衛門《ごろうざえもん》の長子六郎次といいなずけの縁を結び、その約束の印にと、右古島家に歴代伝わる内裏雛を二つにわかち、娘の里のほうへはのちの夫婦《めおと》の契りを現わし、約束誓言を堅く守らせる意味から男雛《おびな》の親王さまを分け与え、古島家そのもののほうにはこれまた行く末先の女夫《めおと》を誓い、うれしい契りの日のよきお輿入《こしい》れを一日も早かれと待ち願う意味から、女雛《めびな》のみ台さまを残しておいて、娘の春菜は男雛を、せがれの六郎次はまた女雛を、それ
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