ぞれいとしい思い人思い雛に愛し祭りながら、この年までの十二|歳《とせ》十二春、なんのまちがいもなく飾りつづけてきたところ、そうするのが毎年の吉例になっていたので、けさほど古島家から親子を招き、娘ともども白酒祝いをやったのち、何心なく男雛を手にとってよくよく調べてみると、いつのまににせものとすり替えられたか、たいせつなその思い雛恋の預かり雛が、現在ここに飾ってあるような偽物偽作とすり替えられていたというのです。
「それゆえ――」
 ご後室は悲しげに目をうるませると、悲しげに声をおとしながら訴えるのでした。
「こちらでは夢にも知らないことでおじゃりますのに、古島様親子はこのように申されて、ことのほかご立腹あそばされたのでおじゃります。知ってしたことならなおのこと、たとえ盗難にかかってのことであろうと、女夫《めおと》の約束代わりに預けたたいせつな片雛が、こんなまがいものとすり替えられているは、とりもなおさず生きた夫をすり替えたも同然じゃ。盗難悪意いずれであろうと了見ならぬゆえ、あらためてしかとの返答さっしゃいと、たいへんなお腹だちでな、うちの春菜にかぎっては、人さまもおほめくださるほど身堅い娘でござりますのに、やれ隠し男ができたであろうの、目を盗んだみだらな色狂いしているためにこのような細工したであろうのと、口ぎたないはずかしめまでもおっしゃって帰りましたゆえ、すぐにもほんものの預かり雛を捜し出し、娘のぬれぎぬが晴れるよう、どなたかに力となってもらいましょうと存じましたなれど、あいにくなときというものはしかたがおじゃりませぬ。親兄弟親類までが娘の身内は、みんな去年の秋から、殿とごいっしょに帰藩中でおじゃりますゆえ、ふと思い出したのが、そなたさまのおうわさでおじゃりました。密事は密事、情けは情けと、秘密を割ってお願いすれば、どれだけでもご内密にお計らいくださるとのご評判でおじゃりますゆえ、なまなか家中の者に力を借りてよからぬうわさを言いたてられるよりも、いっそ、あなたさまにとこうしてお力におすがり申すしだいでおじゃります。それもこれも、事の起こりはみんなあれなる男雛《おびな》のにせものがもとでおじゃりますゆえ、ようく手にとって、お調べくださりませ」
 いいつつ目をしばたたきながら、孫思うご後室は、身も世もないというように、老いのしずくを払い落としました。無理はない。小町娘の
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