。それとはっきりはいわなかったが、つまりは先輩のおれのところへ、なぜ年始に来ぬかという遠まわしの詰問なのです。だが、名人の返事がまたたまらない。皮肉というよりも、じつにあざやかな揶揄《やゆ》でした。
「では、貴殿のところへだけ参ってごきげん取り結ぶために、ひとつおせじを使いますかな。お追従《ついしょう》を申しておくと、これからさき憎まれますまいからな」
「憎まれますまいからとはなんじゃい。身どもがこうして参ったは、憎まれ口ききに来たのではないわ。さぞかしうらやましゅうなるだろうと思うて参ったのじゃ。人が年始回りをするときはな、人並みのことをしておくものでござるぞ。お奉行さまのところへ年賀に参ったればこそ、この敬四郎も年初めそうそう大役を仰せつかったわ。どうじゃ、くやしいか」
 奥歯に物のはさまったようなことばを残しながら、すうと立ち去っていった姿を見ながめて、ことごとくあわてだしたのは伝六です。
「さあ、いけねえ。さあ、いけねえ。お奉行さまもお奉行さまじゃござんせんか。年初めそうそう大役を仰せつかったっていうなア、きっとあばたの野郎め、与力か、同心主席に出世しやがったにちげえござんせん
前へ 次へ
全48ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング