つ出てきたようだ。こっそりいって、あの玉をこっちへいただきな」
 心得ましたとばかりに駆けだしたのを、敬四郎がまたおちょっかいを出したのです。さてはこれにも眼をつけたかとすばやく察したものか、伝六の胸倉をドンと強く十手ではじき飛ばすと、
「何をでしゃばりいたすんだッ。この女とてもこちらのものじゃ! かってなまねをすると、手はみせんぞッ」
「なんでえ! なんでえ! 情けねえおっさんだな。てめえじゃなにひとつ眼をつける力がねえくせに、いちいちと横取りなさらなくともいいじゃござんせんか! その玉はおらがのだんなが見つけたんだッ。これまでもみすみす渡してなるもんですかい! ――だんな! だんな! にやにやしていねえで、草香流を貸しておくんなせえましよ! ちょっぴりでいいんだ。ほんのちょっぴり草香流でおまじないすりゃ、ぞうさなく取りけえすことができるんだから、はええところ貸しておくんなせえよ!」
 力のかぎり手向かいながら、必死と名人に助だちを求めましたが、しかし名人はにやにやと薄笑いしたままで、敬四郎が伝六を突き飛ばしながら、疑問の女すらも奪いとって引っ立てていったのを、いっこうに驚くけしきも見せず、ゆうぜんと見ながめていたので、伝六が当然のごとくに爆発させました。
「おいらもう……」
「なんでえ」
「いいですよ! そんな薄情ってものはねえんだ。なにもこの場に及んで、草香流の出し惜しみなんぞしなくたってもいいんだ。なんべん使ったってもべつに減るもんじゃねえんだからね。いいんですよ! 子分の災難を見ても、腹のたたねえようなだんななら、こっちにだっても了見があるからいいんですよ」
「ウフフフ……」
「何がおかしいんです! 人のいいばかりが能じゃねえんだ。いいえ、納まっているばかりが能じゃねえんですよ。納まっている人間がえれえんなら、ふろ屋の番台はいちんちたけえところにやにさがっているんだからね、日本一えれえんだ。ほんとにばかばかしいっちゃありゃしねえや。気違いもとられ、子どももとられ、女までも巻きあげられてどうするんですかい! 眼になるネタは一つもねえじゃござんせんか!」
 しかし、名人は依然にやにやとやったきり、あちらをのそのそ、こちらをのそのそと家のうちを歩いていましたが、そのときふと目についたのは、すばらしいりっぱな金も相当かかったらしい仏壇です。しかも、ひょいと中をのぞ
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