の必要から、出刃包丁の突き傷をこしらえたのか、それとも、出刃包丁で突いておいて、なお入念にも細ひもで絞めつけたのか、いずれにしても、それなる首筋のみみずばれこそ、事件のなぞを解く唯一のかぎであることが判定されたので、フフンというように微笑したのを、早くも敬四郎がちらりとながめて、おそるべき勁敵《けいてき》の捕物名人に、おそるべき慧眼《けいがん》のホシをつけられたら、しょせんたち打ちはできないと思ったものか、つかつかとやって来ると、案の定食ってかかりました。
「何をするのじゃ! 死骸《しがい》に指一本たりとも触れると許さぬぞッ、者ども! おせっかい者のじゃまがはいってはならぬゆえ、三つのむくろ、戸板にでものせて、早う番所へ連れていけ」
 つきのけながら、配下に命じて、自分は名人にてつだってもらってようやく押えたなぞの狂人を引っ立てながら、ネタになるものは何一つやるまじといいたげに、憎々しく流し目を残して、意気|昂然《こうぜん》と引き揚げていったので、当然のごとくに伝六がいろめきたちました。
「なんでえ! なんでえ! 恩知らず! 首筋のみみずばれに眼《がん》をつけたのも、あぶねえ気違いを押えたのも、みんなおいらのだんなじゃござんせんか! にもかかわらず、お礼一ついわねえで、けんつく食わせるたア、何がなんでえ! 何がなんでえ!」
「下郎が何をほざくかッ。お奉行さまからご内命うけたのは、この敬四郎じゃ! 四の五の申すなッ」
 係り吟味の特権をかさに着ながら、表の人集まりを押しのけて、これみよがしに引き揚げようとしたとき、
「待ってくださいまし! お待ちなすってくださいまし! 子どもたちがかわいそうでござります! 他人ばかりのご番所へなぞ運んでいかれましては新仏たちがかわいそうでござりますゆえ、わたしにくださいまし! わたくしにおさげくださいまし!」
 群集を押し分けながらつと駆けだすと、声もおろおろと叫びながら、芋虫かなぞのように戸板の上へむぞうさに積み重ねている少年たちのむくろにすがりついて、必死に哀訴した者がありました。しかも、女なのです。年のころは二十七、八。そのうえに色っぽいのだ。青々しい落としまゆに、艶《えん》なお歯ぐろ染めて、下町ふうの黒えりかけたあだめかしい女でしたから、突如現われた疑問の女性に、名人の目が鋭くさえたのは当然――。
「伝六ッ。新手のかぎがまた一
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