ができないとみえて、敬四郎をはじめ配下の小者三人が総がかりとなりながら、汗水たらしてまごまごと、あちらに追い、こちらに追い、必死に追いまわしているさいちゅうなのでした。
「ほほう、なかなかご活発でいらっしゃいますな。ヤットウのおけいこでござりますかな」
笑止なその光景をみて、やんわりと皮肉に揶揄《やゆ》しながら、ぬっと雪ずきんのままで名人が静かにはいっていったものでしたから、恥ずかしかったのと腹だたしさがごっちゃになったとみえて、敬四郎がどもりどもり青筋を立てながら、当然のごとくに口ぎたなく食ってかかりました。
「貴、貴公なぞが用はないはずじゃ。のっぺりした身なりをいたして、何しに参った!」
「これはきついごあいさつじゃ。だいぶ逆上していらっしゃるとみえますな。ときに、この狂人にご用がおありでござろうな」
「いらぬおせっかいじゃわッ」
しかし、おせっかいであろうと、やっかいであろうと、二刻《ふたとき》近くもかかっていまだに捕えることができないとならば、いかほど皮肉をいわれたとてもしかたのないことです。
「だいぶお困りのようだから、ご用ならばお手を貸しましょうかな」
軽くいいながら、あちらにまごまご、こちらにまごまごと、必死になって敬四郎たちが追いまわしているのを、ふところ手しながら見守っていましたが、そのときふと名人が荒れ狂っている狂人の手を見ると、右手の血まみれな出刃包丁はよいとして、左手になおしっかりと、かじりかけのなまもちを握りしめているのが、はしなくも映りました。しかも、さらに目を転ずると、今までなまもちにそれをつけながらかじりかじり張り番をしていたらしく、三人の子どもの死骸《しがい》のまくらもとに、きな粉のさらがうやうやしく置いてあるのがふと目に映ったものでしたから、名人の顔が美しくほころびました。
「お知恵のないおかたというものは、いたしかたのないものじゃな。物事には法があるのじゃ。二刻近くもヤットウのおけいこをなさっては、さだめしご空腹でござりましょうから、ちょっとお手貸しいたしましょう」
静かに立ち上がりながら、きな粉のさらを手にすると、
「おにいさん……」
声からしてできが違うのです。笑いわらい、荒れ狂っている狂人に近づくと、やさしく呼びかけました。
「そなた、このきな粉に未練がおありだろう。こわいおじさんたちは情がないから、しかたがない
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