ろはなかったのに、正月そうそうからつれなくなさるから、つい愚痴が出たんですよ。べらぼうめ! あばたの敬公、ざまアみろい。おらがのだんなは、初めから相撲にしていねえんだ。そうと事が決まらば、おまんまも食わする段じゃねえ。あるものをみんな読みあげるから、ほしい品だけをおっしゃってくだせえましよ。――いいですか。ええと、ごまめに、きんとん、おなます、かずのこ、かまぼこ、小田巻き、こはだのあわづけ、芋のころ煮、ふなのこぶ巻き、それから、きんぴらに、松笠《まつかさ》いかのいそ焼きと、つごう十一色ござんすが、どれがお好きですかい」
「みんな出しなよ」
「え……?」
「みんな出せばいいんだよ」
「おどろいたな。このほかにまだあるんですぜ。これは暮れの歳暮の到来ものなんだが、赤穂《あこお》だいの塩むしがまるまる一匹と、房州たこのでけえやつもまだ一ぱい残っているんですぜ」
「遠慮はいらんから、それも出しな」
「あきれたな。こいつをみんな召し上がるんですかい」
「あたりめえだ。食べ物だって風しだい、舵《かじ》しだいだよ。はしの向いたほう、目の向いたほうをいただくんだから、威勢よくずらずらッと並べておきな」
まったく驚くほかはない。いや、むしろ壮観でした。右の十何色のうちから、風しだい舵《かじ》しだいで、はしの向いたほう、舳先《へさき》の向いたほうをたっぷりいただくと、もうこれで胆力はじゅうぶん、といわぬばかりに、ずいと立ち上がって、珍しやきょうは黒羽二重上下の着流しに、すっぽり雪ずきん――、雪駄《せった》の音が江戸一のいきな音をたてながら、いよいよ二十一番てがらの道中にかかりました。
3
「うちはどこだ」
「あれですよ、あれですよ。妻恋坂を上りきって、右へ十五、六間いったところの二階家だといいましたからね。たぶん、あのしいの木の下のうちですよ」
しかるに、その二階家の前まで行くと、表へいっぱいの人だかりがしているのみか、もうとっくにあばたの敬四郎が手配をつけてほとぼりもさめているだろうと思ってきたのに、案に相違して、中ではまだしきりにどたんばたんとやっているのです。
ひょいとのぞいてみると、その若いのが伝六の報告にあったなぞの狂人にちがいない、気違い力を出して、血まみれの出刃包丁をふりまわしながら、しきりにあばれつづけているのを、あれから今までかかってまだ捕えること
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