こうにわからぬゆえ、なにはともかくと、急いでそのほうを呼び招いたのじゃ。じつは、そちたちも知ってのとおり、この屋敷から小石川のほうへ弓を届けるよう命じたのに、これなる辰がいつまで待ってもお矢場に持参せぬゆえ、ようやくご用を済まし、不審に思いながら、ほんのいましがた帰ってまいったところ、このような仕儀になっていたのじゃ」
「お耳に達しましたのは、いつのことにござります」
「帰邸いたすとすぐさまじゃ」
「たれがお知らせ申し上げたのでござります」
「あの者じゃ――ほら、聞こえるであろう。あれが知らせた当人じゃ」
 いわれたそのことばとともに、そのとき、ぴたりと障子をしめきった暗い家の中から、急に情が迫りでもしたかのごとく、よよと忍び音に泣き忍ぶ人の声が漏れました。
「女でござりまするな。何者にござりまする」
「こちらに倒れている古橋|専介《せんすけ》のひとり娘じゃ。あれなる者が最初にこのさまを見つけ出し、わしにも知らせた本人ゆえ、遠慮のう尋ねてみい」
 最初に発見した者がその娘とするなら、いうまでもなくまず尋問してみるべきが事の第一です。名人はちゅうちょなく座敷へ押し上がりました。
 それと
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