駆けだそうとしたのを、
「お待ちなさいまし。座頭ならば――」
心当たりがござります、といいたげに、もじもじしながら呼びとめたのは、あるじの井上金八でした。
「目ぼしがござりまするか!」
「はっ。ひとり――」
「ひとりあらばたくさんじゃが、名はなんと申します」
「仙市《せんいち》と申します」
「このご近所か」
「はっ。ついその道向こうの、はら、あそこに屋根が見えるあの家が住まいでござります」
「お心当たりにまちがいござりますまいな」
「はい。じつは、このつえの先の油のしみに見覚えがござりますゆえ、たしかに仙市の持ちづえと、とうに見当だけはつけておりましたが、人を疑って、もしや無実の罪にでもおとしいれては、と今までさし控えていたのでござります」
「ご当家へはお出入りの者でござりまするか」
「はっ、家内が癪《しゃく》持ちでござりましたゆえ、三日にあげずもみ療治に参っていた者でござります」
「女房持ちでござりまするか、それともまたひとりでござりましたか」
「どうしたことやら、もう三十六、七にもなりましょうに、いまだに独身でござります」
「ほほうのう! ちと焦げ臭くなってきたかな。蛇《じゃ》が
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