「この持ち主は座頭だな!」
「えッ?」
「この杖の持ち主は、あんまの座頭だなといってるんだよ」
「たまらねえな! ピカピカッと目を光らすと、もうこれだからな。しかし、どこにもこの持ち主が座頭だなんてことは書いてねえようだが、どうしてまたそう早く知恵が回りますのかね」
「また始めやがった。眼をつけりゃ、じきとおまえはそれをやるんだからな、うるさくなるよ。青竹づえはあんまの小僧、丸樫杖は一枚上がって座頭、片撞木《かたしゅもく》はさらに上がって勾当《こうとう》、両撞木《りょうしゅもく》は※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校《けんぎょう》と、格によって持ちづえが違っているんだ。してみりゃ、この丸樫杖の持ち主が座頭であるのに不思議はねえじゃねえか」
「なるほどね。だんなの博学は、おいらの博学と見ちゃまた桁《けた》が違わあ。そうと眼がつきゃ、大忙しだ。もののたとえにも、めくら千人めあき千人というんだから、江戸じゅうの座頭をみんな洗ったってせいぜい千人ぐれえのものなんだからね。大急ぎで洗いましょうぜ! さ! 辰公! 何を遠慮してるんだッ。とッととしたくをしなよ!」
 気早にせきたて、もう駆けだそうとしたのを、
「お待ちなさいまし。座頭ならば――」
 心当たりがござります、といいたげに、もじもじしながら呼びとめたのは、あるじの井上金八でした。
「目ぼしがござりまするか!」
「はっ。ひとり――」
「ひとりあらばたくさんじゃが、名はなんと申します」
「仙市《せんいち》と申します」
「このご近所か」
「はっ。ついその道向こうの、はら、あそこに屋根が見えるあの家が住まいでござります」
「お心当たりにまちがいござりますまいな」
「はい。じつは、このつえの先の油のしみに見覚えがござりますゆえ、たしかに仙市の持ちづえと、とうに見当だけはつけておりましたが、人を疑って、もしや無実の罪にでもおとしいれては、と今までさし控えていたのでござります」
「ご当家へはお出入りの者でござりまするか」
「はっ、家内が癪《しゃく》持ちでござりましたゆえ、三日にあげずもみ療治に参っていた者でござります」
「女房持ちでござりまするか、それともまたひとりでござりましたか」
「どうしたことやら、もう三十六、七にもなりましょうに、いまだに独身でござります」
「ほほうのう! ちと焦げ臭くなってきたかな。蛇《じゃ》が
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