しがせっかくさっきから根気よく鳴らしたんで、このとおり事件《あな》が天から降ってきたんですよ。ね、だんな! 早いところご覧なせえましよ。松平のお殿さまからのお差し紙でござえますから、きっとまた何か突発したにちげえござんせんぜ」
 しかし、案に相違して、そのお差し紙は、あすの吉例上覧お能に、警固のため出頭しろとのご命令書でしたから、ようやく納まりかかった伝六太鼓がまた鳴りかけようとしたとき――、今度はやさしくおとなう声がありました。
「ごめんあそばせ……ごめんあそばせ……」
「おっ! いい音がしたぞ、陰にこもった声のぐあいが、どうやら忙しくなりそうだぜ。――へえい、ただいま、ただいま参ります。少々お待ちくださいまし。ただいま伝六が参ります」
 なにも伝六が参りますと特に断わらないでもいいのに、罪のないやつで、しきりと衣紋《えもん》をつくりながら、気どり気どり出ていったようでしたが、矢玉のように駆け帰ってくると大車輪でした。
「辰ッ、何をまごまごしてるんだッ。貧乏ったらしい! 枝豆なんかをそんなところにさらしておくなよ! ――だんな、また何をおちついていらっしゃるんですかい! 天女ですよ!
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