しい緋色《ひいろ》の裳裾《もすそ》をちらちらさせつつ、三味線《しゃみせん》片手にお由がやって参りましたので、名人は待ちうけながら、ただちに忍《しのぶ》ガ岡《おか》目ざしました。
 おりからお十三夜の豆名月は、秋空|碧々《へきへき》として澄み渡った中天にさえまさり、宵風そよぐみぎわのあたり月光しぶく弁天の森、池面《いけも》に銀波金波きらめき散って、座頭の妻の泣く名月の夜は、今がちょうど人の出盛りでした。
 と――そこの池ノ端の柳の影から、高々と片手をあげて合い図したのは伝六です。気づかれないように近づきながらすかしてみると、それとも知らぬげに用人黒川と、こってり塗った質屋の若後家が、人目もはばからずに喃々喋々《なんなんちょうちょう》と、はなはだよろしくない艶語《えんご》にうつつをぬかしている姿が目にはいりましたので、認めるや同時です。
「あの用人の野郎の懐中物をすっておくんなさい!」
「えッ!」
「あっしが許してお願いするんだ。遠慮なさらず、昔の腕を奮っておくんなさいよ」
「そうでござんしたか! そのために、わたしを鳥追いにやつさせたんでござんすか。お上のだんながお許しくださいましたとな
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