きました。かりにもお将軍家お秘蔵と名のつく品なんですから、お箱の結構壮麗はいうまでもないことなので、総蒔絵《そうまきえ》金泥《きんでい》散らしの二重箱には、みごとな絹ふさがふっさりとかけられて、いかさま北村大学のいったとおり、それには三カ所厳重な封印を施したあとがありました。
「これなる封印は、先ほど立ち会ったとき破ったのじゃな」
「さようでござります」
「大学殿のおことばじゃと、中身を改めるまでは、封印に少しも異状がなかったとのことじゃが、たしかにそのとおりじゃったのか」
「なんの異状もござりませんだからこそ、安心してお改めを願うたのでござります」
「預かったのはいつじゃった」
「つい二十日《はつか》ほどまえでござります」
「その節はじゅうぶん中身を改めて、預かったのじゃな」
「ご念までもござりませぬ」
「どういう品か、存じて預かりおったか」
「ご名家の北村様がお持参の品でござりますゆえ、いずれは名ある品と存じまして、べつに詳しいことをお尋ねもしませいで預かりましてござります」
「では、これなる倉じゃが、ここへいつもなんぴとが出はいりいたすか。小僧どもが出入りするか」
「いいえ。この倉は、ご覧のとおりお金めの品ばかりでござりますゆえ、てまえ一人のほかは出入りいたしませぬ」
「でも、倉の戸はいつもあいているようではないか」
「あのとおりてまえの帳場が入り口にござりますゆえ、よし戸はあいておりましょうと、他の者の出入りはできませぬ」
「帳場にいないときはなんとするか」
「ご新造さまにお番をお願い申すのでござります」
「そうか。では、手すすぎを持ってまいれ」
職に忠にして、なおその分を忘れず、まことに右門はあくまでも右門でした。葵《あおい》のご紋はなくとも、将軍家ご秘蔵の品とあらば、将軍家おんみずからにお触れするも同然でしたので、十兵衛にすすぎの清め水を運ばせると、懐紙を出して口中の息をふせぎながら、うやうやしくそれなるお箱を取りあげました。
しかるに、いかほど精細に見調べてみても、なんらの不審な点がないのです。ないとしたら、この品を預かって、この倉の張り番をして、みずから帳場に監視の役を行なっていると称した番頭十兵衛に、当然のごとく疑雲が深まりましたので、烱々《けいけい》と鋭くその身辺に、名人独特のなにものも見のがさないあの目を見そそいでいるとき――あいきょう者が
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