きんの間からのぞかせながら、一本|独鈷《どっこ》の落とし差しを軽く素足の雪駄《せった》に運ばせると、ただちに湯島なる質屋三ツ藤へ行き向かいました。――秋たちこめた江戸は、松に栄えた濠《ほり》ばたあたり、柳並み木の行き行く道に、わびしげなわくら葉を散らして、豆名月の月の出にはもう半刻《はんとき》とない暮れ六ツ少し手前でした。

     2

「許せよ」
 ずいとはいっていった覆面姿をながめて、お忍び通いのお客さまとでも思ったものか、初めのうちはやけにあいきょうを振りまいていましたが、さすがは目ききを元手の質屋に仕える少年店員です。例の巻き羽織を見て早くもそれと知ったか、顔色変えながらへたへたとそこへ手をついたのを、至極|鷹揚《おうよう》にいいました。
「あるじはいるか」
「…………」
「ほほう、歯の根が合わぬようじゃな。八丁堀の右門じゃ。こわがらいでもよい。主人はいるか」
「あの、死にました」
「なにッ。いま死んだのか」
「いいえ、この春でござります」
「では、今、主なしの店か」
「いいえ、ござります」
「だれじゃ」
「番頭の十兵衛《じゅうべえ》どのが、おかみさんの後見をいたしまして、主人同様に切り盛りしてござります」
「手数のかかるやつよのう。それならそれと初めから申せばよいのに、その番頭に用があるのじゃ。はよう呼べ」
 聞きつけたとみえて、奥から姿を見せた者は女あるじの後見をしているといった番頭十兵衛です。年は今が若盛りの二十七、八。のっぺりと白すぎるほどに白いその顔を見迎えながら、名人はじっとまずあの底光りする視線をそそぎかけました。
 と――これがすこぶる不審でした。身にやましいところがなかったならば、なにもそれほどおびえなくともよさそうなのに、くちびるまでも血のけを失いながら、おどおどと気もおちつかぬ様子でしたから、あいきょう者がすっかり一の子分を気どって、つんと強く名人のそでを引きながら、いらざるでしゃばりを始めました。
「どうやら、あの野郎が臭いじゃござんせんか。からの箱なぞを調べてみたって、手品使いじゃあるめえし、中からお能面がわいて出るはずもねえんだから、てっとり早く野郎を締めあげたほうが近道かもしれませんぜ」
「控えろ」
 しかし、名人は強くしかっておくと、まずなによりも検証が第一とばかりに、それなる十兵衛を案内に立たせながら、倉の中へはいってい
前へ 次へ
全16ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング