気味のわるい白へびがにょろにょろ庭先へはい出してまいりましたゆえ、てまえも、家内も、娘のお美代もすっかりおじけたちまして、いうとおり百両さしあげ、やっぱりおこもりにつかわしましたのでござります」
「その間に祈祷所とやらへ、様子見に参ったことはなかったか」
「おきれいなお比丘尼さまでござりましたゆえ、安心しながらきょうまでお預け放しにしておいたのでござります」
 奇怪も奇怪! ぶきみもぶきみ! 事実はがぜんここにいたって妖々《ようよう》と、さらにいっそうの怪奇ななぞと疑雲に包まれ終わったかと思われましたが、しかし、両名の陳述を聴取するや同時、さえざえとさえまさったことばが、ずばりと名人の口から言い放たれました。
「おろか至極な親どもだな! へび使いの比丘尼小町に、たいせつな娘をしてやられたぞッ」
「えッ! では、では、娘をかたり取るために、そんな気味のわるい長虫を使ったのじゃとおっしゃるのでござりまするか」
「決まってらあ。小へびのうちから米のとぎじるで飼い育てたら、どんなへびでも白うなるわ!」
「でも、呪文《じゅもん》を唱えましたら、それを、合い図ににょろにょろとはい出したのが、奇態ではござりませぬか!」
「だから、愚かな者どもじゃと申しているんだッ。前もって縁の下にでも放しておいて、使い慣らした白へびを呼び出したんだッ」
「ならば、娘の身にもなんぞ異変が起きているのでござりましょうか! かたりかどわかしたうえで、どこぞ遠いところの色里へでも売り飛ばしたのでござりましょうか!」
「相手はへびと一つ家に寝起きしている比丘尼行者だ。もっとむごたらしいめに会っているかもしれんぞッ。祈祷所とか申したところは、遠いか、近いか!」
「湯、湯島の天神下でござります」
「じゃ、伝六ッ」
「…………」
「伝六ッといっているのに、聞こえねえか!」
「き、聞こえますよ、聞こえますよ。ちゃんと聞こえているんですが、どうせのことなら、ゆうべの式部小町を先にかぎ出しておくんなせえな、生得あっしにゃ、長虫ってえやつがあんまりうれしくねえんでね。話きいただけでも、目先にちらついてならねえんですよ」
「忙しいやさきに、よくもたびたび手数のかかるこというやつだな! その式部小町もいっしょにしてやられているから、急いで駕籠呼んでこいといってるんだッ」
「えッ。じゃなんですかい! 河童権に一服盛りやがったのも、おんなじ比丘尼小町のへび使いのその女行者だというんですかい!」
「決まってらあ! 捨てておいたら、三人の小町娘が生き血を吸いとられてしまうかもしれねえんだから、早いところしたくをしたらいいじゃねえか! へびがこわかったら、鎧《よろい》でも兜《かぶと》でもかぶってこい!」
 いっているまに、まめやかなお公卿さまがまめまめしい働きでした。
「駕籠なら三丁表につれてめえりましたよ」
「そうかみろ! のどかなあにいに、ヒリリと一本、小粒の辛いところを先回りされたじゃねえか! じゃ、そっちの町人衆! 青ざめていねえで、早く乗りなよ」
 きくだに妖艶《ようえん》、その面影もさながらに彷彿《ほうふつ》できるへび使いの美人行者、そもなんの目的をもって三人の小町娘をさらい去ったか、疑問はただその一点! 日は旱天《かんてん》、駕籠は韋駄天《いだてん》。濠《ほり》ばた沿いをただ一路湯島に駆け向かいました。

     5

 行きついてみると、それなる祈祷所がすこぶる不審。比丘尼行者が祈祷を売り物にする住まいなら、玄関出入り口の構えなぞ、少しは神々《こうごう》しいこしらえでもしてあるだろうと思いのほかに、いたってちゃちな、ただのしもた屋でした。そのうえに、三間ばかりの小さい家でも、さすがにいちばん奥のへやの床の間に祭壇が設けてはありましたが、それとてもそまつなまにあわせ物で、ことに名人の目を強く射たものは、祭壇それ自体がつい四、五日まえにでも急設したらしい新しさを示していたことでした。いうまでもなく、その新しいことは、畳屋小町の千恵と綿屋小町のお美代のふたりをかたりかどわかすために急設したことが一目りょうぜんでしたので、名人は重なる不審に烱々とその目を光らしながら、くまなくへやの中を見調べましたが、しかし、そこに残されているものは、燭台《しょくだい》が大小三本、何がそのご神体であるのか小さなほこらが一つ、古ぼけた小机が一個、それから、こればかりは比丘尼にふつりあいななまめかしい夜着が一組み、さらになまめかしい朱塗りのまくらが一つ、よりもっとなまめかしいはだの香のまだ残り漂っている着替えが二枚。あるものとては、たったそれきりで、いずこへ逐電したか、どこへ小町娘をさらっていったか、肝心かなめのその手がかりとなるべき品は、なに一つとてもないもぬけのからでしたから、事に当たってつねに静かなること林のごとく、明知の尽きざること神泉の泉のごとき無双の捕物名人も、はたと当惑したもののごとく、十八番のあごの先にも手が回らないほどに、じっと沈吟したままでした。また、これは名人とても沈吟するのが当然でした。いかなる目的のもとに、小町娘ばかりをねらったものか、かいもくその推定がつかないからです。しかも、その下手人なる相手の女行者は、頭を丸めたへび使いのしたたるばかりな比丘尼小町であるというにいたっては、ただ妖々怪々としてそのなぞが色濃く深まるばかりだったからでした。わけても、その手口に白へびを使用したのと、河童権をそそのかして非常手段を用いたのとの全然相異なった二法があるにおいては、さらに疑問となぞを深めるばかりでした。
 だのに、伝六というやつはおよそ捕捉《ほそく》しがたい岡《おか》っ引《ぴ》きです。ひょいと気がついてみると、どこへ消えてなくなったものか、影も形も見えなかったものでしたから、場合も場合、やさきもやさき、名人の鋭いことばが飛んでいきました。
「辰ッ」
「えッ」
「兄貴ゃどこへもぐったッ」
「それがどうもおかしいんですよ。目色を変えながらふいッと今のさっき表のほうへ飛び出したんでね。だいじょうぶだ、へびはいねえよっていってやりましたら、おれさまともあろうものが、こまっけえやつの下風についてたまるけえと、こんなことをガミガミ言いのこしまして、どこかへずらかっちまいましたんですよ」
 いっているところへ、どうもやることなすことが伝六流でした。
「ちくしょうッ、ざまあみろい! 日ごろはどじの血のめぐりがわりいのと、いっぺんだっておほめにあずかったこたあねえが、きょうばかりは伝六様のできが違うんだッ。ね、だんな、だんな! このとおり、おてがらあげてきたんだから、頭をなでておくんなせえよ!」
「それどころじゃねえや! 三人の小町が生きているかも死んでいるかもわからねえ早急《さっきゅう》の場合じゃねえかッ。のそのそと、どこをほつき歩いていたんだッ」
「ちぇッ、犬っころじゃあるめえし、のそのそほつき歩いているはねえでがしょう! あっしだっても、だんなにゃ一の子分です! 辰みていな豆公卿にお株とられてたまりますかい! たまさか気イきかして駕籠のしたくをしたぐれえで、小粒のさんしょうにヒリリとやられたもねえもんじゃござんせんか! 大張りの伝六太鼓だって、たたきようによっちゃいい音が出るんだッ。あんまり辰ばかりをおほめなすったんで、くやしまぎれに、ちょっといま小手先を動かしたら、こういうもっけもねえ品が手にへえったんですよ。早いところご覧なせえよ! あて名も、差し出し人も、字は一つもねえっていう白封の気味のわるい手紙じゃござんせんか!」
「どこからそんなものかっぱらってきたんだッ」
「ちぇッ。あっし[#「あっし」は底本では「あつし」]が手に入れてくりゃ、かっぱらってきたとおっしゃるんだからね。細工は粒々、隣ののり売りばばあから巻きあげてきたんですよ。なんでも、ばばあのいうにゃ、ゆんべ夜中すぎに、比丘尼の行者が式部小町らしいべっぴんをしょっぴいてきて、けさまたうろたえながら大きなつづら荷つくって人足に背負わしたあとを、こそこそとどっかへ出かけたというんですよ。その出かけたるすへ、この白封が入れ違いに届いたんで、のり売りばばあが預かっていたというんですがね。聞いただけでも、大きにくせえじゃござんせんか! 早いところあけてご覧なせえよ!」
 まこと、伝六太鼓もたたきようによってはすてきもない音の出るときがあるとみえて、いかさまいぶかしい一通を目の前にさし出したものでしたから、中身やいかにと押し開いてみると、これがまたすこぶる奇怪でした。厚漉《あつず》きの鳥の子紙に、どうしたことか裏にも表にも変な文句が書いてあるのです。しかも、その裏なる文字がひととおりでない奇怪さでした。
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「――寝棺《ねかん》、 三個。
   経帷子《きょうかたびら》、 三枚。
   水晶数珠《すいしょうじゅず》、三連。
   三途笠《さんずがさ》、 三基。
   六|道杖《どうづえ》、 三|杖《じょう》。
 右まさに受け取り候《そうろう》こと実証なり
    久世|大和守《やまとのかみ》家中
      小納戸頭《おなんどがしら》 茂木|甚右衛門《じんえもん》」
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 それすらが容易ならざるところへ、表の文字はさらに数倍の奇々怪々たるものでした。
「――おそくもゆうべのうちには、あとのひとりの小町を届けると申したのに、けさになってもたよりのないのはいかがされた。満願の日まではあと幾日もないゆえ、そうそうお運びしかるべし。さもなくば、奉納金五百両はさし上げることなりませぬぞ」
 寝棺、経帷子うんぬんのぶきみさといい、しかもその数の三人分であるあたりといい、あまつさえ表の文句に見える満願の日うんぬんにいたっては、いかに小町娘たちの無事息災なるべきことを祈り願っても祈りきれぬ不安と絶望がだれにも思い合わされましたので、伝六、辰はもちろんのこと、ふたりの父親たちはいうもさらなり、いぶかしき手紙をひざにのせて、蒼然《そうぜん》とその面を名人も青めくらましながら、ややしばしじっと考えに沈んでいたようでしたが、やがて突如!
「ちくしょうめッ。すっかり頭を痛めさせゃがって、やっと行き先だきゃ眼がついたぞッ。伝六ッ、駕籠はどうしたッ」
「表に待たしてごぜえますよ!」
「よしッ。じゃ、小石川だッ」
「えッ?」
「行く先は小石川の白山下だよ!」
「だって、葬式道具の受取にゃ、久世大和守家中としてあるじゃござんせんか! 久世の屋敷なら麹町《こうじまち》ですぜ!」
「うるせえや! おれがこうと眼をつけたんだッ。やっこだこになってついてこい!」
 かくして乗りつけた行き先がすこぶる意外! 大名屋敷ででもあろうと思いのほかに、八百八業中これにましたるぶきみな職業はあるまいと思われる葬具屋九郎兵衛の店先でしたから、伝六、辰の唖然《あぜん》としたのはいうまでもないことですが、しかし、名人右門は期するところのあるもののごとく、居合わした店の者に、突如ずばりときき尋ねました。
「九郎兵衛は家をあけているはずだが、いつからるすをしているかッ」
「いいえ、いるんですよ、いるんですよ。ご主人ならば、家なんぞあけやしませんよ」
「なにッ、いるとな! 奥か、二階か!」
「三日まえから裏の土蔵にたてこもって、何をしていらっしゃいますのか、一歩も外へ顔を見せないんですよ」
 狂ったためしのない慧眼《けいがん》が、今度ばかりは意想外といいたげな面持ちをつづけていましたが、かくと知らばまた右門流でした。
「名のればきりきり舞いをするだろうから、手数をかけずに案内せい!」
 一刻も猶予ならぬもののようにおどり上がると、三日まえからたてこもっているという聞き捨てがたき土蔵のかぎをこじあけさせながら、ちゅうちょなく押し入りました。
 と同時に、目を射たその妖々たる光景は、なんといういぶかしさでありましたろう! なんたる意外でありましたろう! じつに意想外のうちの意想外な光景でした。土蔵の中に設けられた祭壇の上には、無事でいまいと覚悟された式部小
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