町、綿屋小町、畳屋小町の三人が、いずれも等しく水色の行衣をまとって、人ごこちもないもののごとくおびえつづけていたからです。しかも、その前へ三方にうちのせて、供物のごとくにささげ供えられてあるものは、見るだに慄然《りつぜん》とぶきみにとぐろを巻いた一匹の白へびでした。その一歩うしろにさがって綸子《りんず》白衣の行服に緋《ひ》のはかまうちはきながら、口に怪しき呪文《じゅもん》を唱えていた者は、これぞ妖艶《ようえん》そのもののごとき、尋ねる比丘尼行者でした。さらに一歩うしろにひれ伏して一心不乱にぬかずいていた者は、いわずと知れた葬具屋主人の九郎兵衛です。
 いぶかしともいぶかしい光景に、押し入った五人の者の目をみはったのはむろんでしたが、それと同時に早くも知って、あッとおどろきあわてながら、疾風のごとく逃げだそうとした者は、九郎兵衛ならぬ比丘尼小町です。しかし、一瞬に草香流!
「おそいや! 神妙にしろッ」
 ぎゅっとそのなまめかしくもやわらかい色香盛りのきき腕押えて、ややしばし蔵の中の異様きわまりない光景を見ながめていましたが、いまぞはじめて名人の本来真面目に立ち返ったもののごとく、ずばりと溜飲《りゅういん》下しの名|啖呵《たんか》が飛んでいきました。
「むっつり右門といわれるおれを向こうに回して、とんでもねえ茶番をうったものじゃねえか。さすがのおれも、今度ばかりはちっと汗をかいたよ。九郎兵衛おやじ!」
「へえ?」
「きさまも途方もねえいかもの行者に化かされたな」
「何をめっそうなことをおっしゃいますか! 屋敷の主のお白へびさまに一度も供養したことがございませんため、屋の棟《むね》に妖気《ようき》がたち上っているとそちらのお比丘尼さまがおっしゃってくださいましたゆえ、こうして一心不乱におへびしずめの行を積んでいるのに、何をもったいないことをおっしゃいますか!」
「隠坊屋《おんぼうや》の親類みてえな商売やっているくせに、みっともねえのぼせ方しているな。目がさめなきゃ、おれが正気にさせてやらあね。おいおい、比丘尼さん!」
「…………」
「ひとりあってふたりといねえおれなんだッ。早く涼みてえから、すっぱりと吐いちまいなせえよ」
「…………」
「ほほう、このうえ小知恵小才覚で、おれを向こうに回そうとおっしゃるのですかい。大味のようならこっちも大味、小味に出ればこっちも小味、むっつり右門にゃいくらでも隠し札があるぜ」
「恐れ入ってござります……」
「恐れ入っただけじゃわかりませんよ。玉の輿《こし》に乗ろうと思えば、いくらでも乗られるそのご器量で、この大仕組みの茶番をするにゃ、何か思いもよらねえいわくがあるだろうとにらみましたが、違いますかね」
「…………」
「もじもじなさる年ごろでもなさそうじゃござんせんか。じらさずに、すっぱり吐きなせえよ」
「お恥ずかしいことでござりまするが、じつは、一生一度と契り誓いました情人《おもいびと》に、金ゆえ寝返りされましたため、思い込んだが身の因果、小判で男の心をもう一度昔に返すことができますものならと、とんだ人騒がせをしたのでござります……」
「なにッ、恋が身を焼いたとがですとな! そいつあちっと思いもよらなすぎますが、そう聞いちゃなお聞かずにおられねえや。てっとりばやくおいいなせえよ」
「申します、申します。もとわたくしは京に育ちまして、つい去年の暮れまで、二条のほとりでわび住まいいたしまして、古い判じのへび使いをなりわいにいたしておりましたが、ふと知恩院の所化道心《しょけどうしん》様となれそめまして、はかない契りをつづけていましたうちに、わたしとの道にそむいた恋がお上人《しょうにん》さまのお目にとまり、たいせつなたいせつな所化様は寺を追われたのでござります。それまではなれそめたが因果にござりましたゆえ、男もわたしも互いに変わらじ変わるまいと、さっそく還俗《げんぞく》いたしまして、行く末先のよいなりわいを捜し求めようといたしましたが、先だつものは金。困《こう》じ果てているところへ魔がさしたというのでござりましょう、所化のころから出入りしておりましたるお檀家《だんか》の裕福なお家さまが、命とかけたわたしの思い人を金にまかせて奪い取り、ふたり手を携えこの江戸に走りまして、四谷《よつや》の先に袋物屋を営みおりますと知りましたゆえ、恥ずかしさもうち忘れあと追いかけまして、昔のふたりに返るよう迫りましたところ、男の申しますには、金子七百両がなくば義理をうけたお家さまから手が切れぬとこのように申しましたゆえ、男心がほしいばっかりにその七百両をこしらえようと、このような人騒がせのまねする気になったのでござります」
「でも、そのために、無垢《むく》な小町娘をねらうたあ、ちっとやり方があくどすぎるじゃござんせんか」
「いいえ、それがわたしにしてみれば、そういたしまするよりほかに手段がなかったのでござります。七百両といえばもとより大金、女子の腕一つで手に入れますためには、――だいじなだいじな……」
「だいじなだいじな何でござりまするか」
「女子には命よりもだいじな操を売るか、でござりませねば、なりわいのへび占いで、あくどくはござりますとも、人の迷信につけ入るよりほかによい手段はないはずではござりませぬか。なればこそ、こちらの九郎兵衛様がお見かけによらぬご信心家で、お蔵にもたんまりお宝があると聞き知りましたゆえ、使い慣らした白へびをあやつり、魔をはらってしんぜると巧みにつけこみまして、それには三十二相そろった三人の小町娘を生き宮にして五日間へびしずめの祈祷《きとう》せねばならぬとまことしやかにもったいつけたうえで、五百金のお宝を祈祷料にかたり取るつもりでござりました。さればこそ、綿屋様と畳屋様のお二軒にも同じ手口で白へびをあやつり、おたいせつなお娘御をことば巧みにお借り申したのでござりまするが、あとのひとりはあいにくとご迷信深い親御さまがたやすく見つかりませなんだゆえ、たんざく流しの催しがあると聞いたをさいわい、船頭の権七どのに三両渡して事情を打ちあけ、ゆうべのような手荒いまねをしたのでござります。それというのも、こちらの九郎兵衛様があとのひとりをせきたてなさいましたゆえ、はよう金を手に入れまして、天下晴れてのめおととなりたいばっかりに、つい手荒なまねをいたしましたのが運のつきでござりました。なれども、ただ一つお三方のお嬢さまがたにみだらな指一本触れさせませなんだことだけは、どうぞおほめくだされませ。せめて、それをたった一つのみやげに、くやしゅうござりまするが、男をあとへのこして、地獄の旅へ参りましょう……ごめんなさりませ。ごめんなさりませ」
 小町行者は見せまいとした涙があふれ上がったとみえて、白衣のそでを面におおいながら、よよとそこに泣きくずれました。うち見守って名人は、ややしばしじっと考えこんでいましたが、やむをえまいというもののように、声も重く言い放ちました。
「聞いてみりゃもっと慈悲をかけてやりてえが、とにかくも人ひとりの命をあやめていなさるんだ。河童権に一服盛ったとがだきゃまげられますまいからね、十年ばかり八丈島へでも行っておいでなせえよ。男もそれを知れば、ちったあ情にほだされて、また帰ってくる日を待ちましょうにな。――では、そちらの町人衆、お嬢さんたちは三日ばかり神隠しに会ったようだが、無傷で手にもどったんだから、それをおみやげにかたられた罪は水に流してやっておくんなせえよ。じゃ、伝六、辰ッ。それぞれ乗り物を雇って、よく手配してあげな。比丘尼さんは、おかわいそうだが自身番へ届けてな」
 手落ちなく手配の終わったのを見届けて、名人は心も今宵は重いもののように、黙然と歩を運ばせました。しかるに、伝六がまたしきりにひねるのです。見とめてうるさそうに一喝《いっかつ》!
「きょうはちっと気がめいっているんだッ。何がわからなくてひねるんだい!」
「いいえね、あっしもそうそうたびたびひねりたかあねえんだが、どうしてまた、だんなが葬具屋の九郎兵衛に行き先の眼をつけたか、そいつが奇態でならねえんですよ」
「うるせえが、いってやらあ。何かにつけて世間のうわさや人のうわさは聞いておくもんだよ。おれもあの妙ちきりんな白封の手紙を見たときゃ、ちっとぞっとしたが、あれこそは九郎兵衛が世間の口にけち九といわれているとんだ大ネタさ。だいじな手紙なんだから、半紙の一枚や二枚けちけちしねえだってよかりそうなのに、あんな葬式道具の受取を二度の用に使ったんで、こんなけちな野郎はどやつだろうと糸をたぐったその先へ、ピンときたのがけち九郎兵衛の世間のうわさ。しかも、受取書が葬式道具じゃねえか。まだそれでもわからねえのかい」
「でも、それにしちゃ、なんだってまたそんなけち九郎兵衛が、五百両もの大金積んで、あの比丘尼小町にはめられたんでしょうね」
「もううるせえや! 恋とご幣かつぎは、昔から思案のほかと相場が決まっているじゃねえか」
 ずばりというと、思案のほかのその恋ゆえに罪とが犯した比丘尼小町をあわれむもののように、重たげな足を運ばせました。



底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
※誤植は、『右門捕物帖 第二巻』新潮文庫と対照して、訂正した。ただし、底本、新潮文庫版ともに「あっし」を一箇所「あつし」としているが、「あっし」とした。
入力:tatsuki
校正:M.A Hasegawa
2000年4月22日公開
2005年9月20日修正
青空文庫作成ファイル:
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