声広大とも広大――といいたいが、実は八丁堀といった啖呵《たんか》がものをいったとみえまして、通りすがりの伝馬船が倉皇《そうこう》としながら舳先《へさき》を岸へ向けましたので、ふたりはひらりと便乗――まだ混乱のままでいる現場へこがしていってみると、しかるにこれがすこぶる奇態です。屋形がぶくぶくとやりだすと同時に、乗り合わせていた船頭はいうまでもないこと、もよりの舟からもいっせいに舟子《かこ》どもがおどり込んで必死と水へもぐり、必死と流れを追って、三方五方から時を移さず救助を開始いたしましたのに、父先生の神宮清臣と介添え役の小童《こわらべ》はすぐに揚げられましたが、どうしたことか、式部小町の琴女だけは、流れたものか沈んだものか、いまだに行くえ不明であることがわかりましたものでしたから、うろたえて促したのは善光寺辰でした。
「こりゃいけねえ! な、おい伝六あにい! どうやらおれたちだけじゃ手に負えねえようだから、早くだんなに知らそうじゃねえか!」
「待てッ、待てッ、そう騒ぐなよ」
「だって、何かいわくがありそうだから、おれたちがまごまごするより、早いところだんなの耳へ入れたほうがいいじゃねえ
前へ
次へ
全49ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング