のも、おんなじ比丘尼小町のへび使いのその女行者だというんですかい!」
「決まってらあ! 捨てておいたら、三人の小町娘が生き血を吸いとられてしまうかもしれねえんだから、早いところしたくをしたらいいじゃねえか! へびがこわかったら、鎧《よろい》でも兜《かぶと》でもかぶってこい!」
いっているまに、まめやかなお公卿さまがまめまめしい働きでした。
「駕籠なら三丁表につれてめえりましたよ」
「そうかみろ! のどかなあにいに、ヒリリと一本、小粒の辛いところを先回りされたじゃねえか! じゃ、そっちの町人衆! 青ざめていねえで、早く乗りなよ」
きくだに妖艶《ようえん》、その面影もさながらに彷彿《ほうふつ》できるへび使いの美人行者、そもなんの目的をもって三人の小町娘をさらい去ったか、疑問はただその一点! 日は旱天《かんてん》、駕籠は韋駄天《いだてん》。濠《ほり》ばた沿いをただ一路湯島に駆け向かいました。
5
行きついてみると、それなる祈祷所がすこぶる不審。比丘尼行者が祈祷を売り物にする住まいなら、玄関出入り口の構えなぞ、少しは神々《こうごう》しいこしらえでもしてあるだろうと思いのほかに、いたってちゃちな、ただのしもた屋でした。そのうえに、三間ばかりの小さい家でも、さすがにいちばん奥のへやの床の間に祭壇が設けてはありましたが、それとてもそまつなまにあわせ物で、ことに名人の目を強く射たものは、祭壇それ自体がつい四、五日まえにでも急設したらしい新しさを示していたことでした。いうまでもなく、その新しいことは、畳屋小町の千恵と綿屋小町のお美代のふたりをかたりかどわかすために急設したことが一目りょうぜんでしたので、名人は重なる不審に烱々とその目を光らしながら、くまなくへやの中を見調べましたが、しかし、そこに残されているものは、燭台《しょくだい》が大小三本、何がそのご神体であるのか小さなほこらが一つ、古ぼけた小机が一個、それから、こればかりは比丘尼にふつりあいななまめかしい夜着が一組み、さらになまめかしい朱塗りのまくらが一つ、よりもっとなまめかしいはだの香のまだ残り漂っている着替えが二枚。あるものとては、たったそれきりで、いずこへ逐電したか、どこへ小町娘をさらっていったか、肝心かなめのその手がかりとなるべき品は、なに一つとてもないもぬけのからでしたから、事に当たってつねに静かなること林のごとく、明知の尽きざること神泉の泉のごとき無双の捕物名人も、はたと当惑したもののごとく、十八番のあごの先にも手が回らないほどに、じっと沈吟したままでした。また、これは名人とても沈吟するのが当然でした。いかなる目的のもとに、小町娘ばかりをねらったものか、かいもくその推定がつかないからです。しかも、その下手人なる相手の女行者は、頭を丸めたへび使いのしたたるばかりな比丘尼小町であるというにいたっては、ただ妖々怪々としてそのなぞが色濃く深まるばかりだったからでした。わけても、その手口に白へびを使用したのと、河童権をそそのかして非常手段を用いたのとの全然相異なった二法があるにおいては、さらに疑問となぞを深めるばかりでした。
だのに、伝六というやつはおよそ捕捉《ほそく》しがたい岡《おか》っ引《ぴ》きです。ひょいと気がついてみると、どこへ消えてなくなったものか、影も形も見えなかったものでしたから、場合も場合、やさきもやさき、名人の鋭いことばが飛んでいきました。
「辰ッ」
「えッ」
「兄貴ゃどこへもぐったッ」
「それがどうもおかしいんですよ。目色を変えながらふいッと今のさっき表のほうへ飛び出したんでね。だいじょうぶだ、へびはいねえよっていってやりましたら、おれさまともあろうものが、こまっけえやつの下風についてたまるけえと、こんなことをガミガミ言いのこしまして、どこかへずらかっちまいましたんですよ」
いっているところへ、どうもやることなすことが伝六流でした。
「ちくしょうッ、ざまあみろい! 日ごろはどじの血のめぐりがわりいのと、いっぺんだっておほめにあずかったこたあねえが、きょうばかりは伝六様のできが違うんだッ。ね、だんな、だんな! このとおり、おてがらあげてきたんだから、頭をなでておくんなせえよ!」
「それどころじゃねえや! 三人の小町が生きているかも死んでいるかもわからねえ早急《さっきゅう》の場合じゃねえかッ。のそのそと、どこをほつき歩いていたんだッ」
「ちぇッ、犬っころじゃあるめえし、のそのそほつき歩いているはねえでがしょう! あっしだっても、だんなにゃ一の子分です! 辰みていな豆公卿にお株とられてたまりますかい! たまさか気イきかして駕籠のしたくをしたぐれえで、小粒のさんしょうにヒリリとやられたもねえもんじゃござんせんか! 大張りの伝六太鼓だって、たたきようによ
前へ
次へ
全13ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング