っちゃいい音が出るんだッ。あんまり辰ばかりをおほめなすったんで、くやしまぎれに、ちょっといま小手先を動かしたら、こういうもっけもねえ品が手にへえったんですよ。早いところご覧なせえよ! あて名も、差し出し人も、字は一つもねえっていう白封の気味のわるい手紙じゃござんせんか!」
「どこからそんなものかっぱらってきたんだッ」
「ちぇッ。あっし[#「あっし」は底本では「あつし」]が手に入れてくりゃ、かっぱらってきたとおっしゃるんだからね。細工は粒々、隣ののり売りばばあから巻きあげてきたんですよ。なんでも、ばばあのいうにゃ、ゆんべ夜中すぎに、比丘尼の行者が式部小町らしいべっぴんをしょっぴいてきて、けさまたうろたえながら大きなつづら荷つくって人足に背負わしたあとを、こそこそとどっかへ出かけたというんですよ。その出かけたるすへ、この白封が入れ違いに届いたんで、のり売りばばあが預かっていたというんですがね。聞いただけでも、大きにくせえじゃござんせんか! 早いところあけてご覧なせえよ!」
 まこと、伝六太鼓もたたきようによってはすてきもない音の出るときがあるとみえて、いかさまいぶかしい一通を目の前にさし出したものでしたから、中身やいかにと押し開いてみると、これがまたすこぶる奇怪でした。厚漉《あつず》きの鳥の子紙に、どうしたことか裏にも表にも変な文句が書いてあるのです。しかも、その裏なる文字がひととおりでない奇怪さでした。
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「――寝棺《ねかん》、 三個。
   経帷子《きょうかたびら》、 三枚。
   水晶数珠《すいしょうじゅず》、三連。
   三途笠《さんずがさ》、 三基。
   六|道杖《どうづえ》、 三|杖《じょう》。
 右まさに受け取り候《そうろう》こと実証なり
    久世|大和守《やまとのかみ》家中
      小納戸頭《おなんどがしら》 茂木|甚右衛門《じんえもん》」
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 それすらが容易ならざるところへ、表の文字はさらに数倍の奇々怪々たるものでした。
「――おそくもゆうべのうちには、あとのひとりの小町を届けると申したのに、けさになってもたよりのないのはいかがされた。満願の日まではあと幾日もないゆえ、そうそうお運びしかるべし。さもなくば、奉納金五百両はさし上げることなりませぬぞ」
 寝棺、経帷子うんぬんのぶきみさといい、しかもその数の三人分であるあたりといい、あまつさえ表の文句に見える満願の日うんぬんにいたっては、いかに小町娘たちの無事息災なるべきことを祈り願っても祈りきれぬ不安と絶望がだれにも思い合わされましたので、伝六、辰はもちろんのこと、ふたりの父親たちはいうもさらなり、いぶかしき手紙をひざにのせて、蒼然《そうぜん》とその面を名人も青めくらましながら、ややしばしじっと考えに沈んでいたようでしたが、やがて突如!
「ちくしょうめッ。すっかり頭を痛めさせゃがって、やっと行き先だきゃ眼がついたぞッ。伝六ッ、駕籠はどうしたッ」
「表に待たしてごぜえますよ!」
「よしッ。じゃ、小石川だッ」
「えッ?」
「行く先は小石川の白山下だよ!」
「だって、葬式道具の受取にゃ、久世大和守家中としてあるじゃござんせんか! 久世の屋敷なら麹町《こうじまち》ですぜ!」
「うるせえや! おれがこうと眼をつけたんだッ。やっこだこになってついてこい!」
 かくして乗りつけた行き先がすこぶる意外! 大名屋敷ででもあろうと思いのほかに、八百八業中これにましたるぶきみな職業はあるまいと思われる葬具屋九郎兵衛の店先でしたから、伝六、辰の唖然《あぜん》としたのはいうまでもないことですが、しかし、名人右門は期するところのあるもののごとく、居合わした店の者に、突如ずばりときき尋ねました。
「九郎兵衛は家をあけているはずだが、いつからるすをしているかッ」
「いいえ、いるんですよ、いるんですよ。ご主人ならば、家なんぞあけやしませんよ」
「なにッ、いるとな! 奥か、二階か!」
「三日まえから裏の土蔵にたてこもって、何をしていらっしゃいますのか、一歩も外へ顔を見せないんですよ」
 狂ったためしのない慧眼《けいがん》が、今度ばかりは意想外といいたげな面持ちをつづけていましたが、かくと知らばまた右門流でした。
「名のればきりきり舞いをするだろうから、手数をかけずに案内せい!」
 一刻も猶予ならぬもののようにおどり上がると、三日まえからたてこもっているという聞き捨てがたき土蔵のかぎをこじあけさせながら、ちゅうちょなく押し入りました。
 と同時に、目を射たその妖々たる光景は、なんといういぶかしさでありましたろう! なんたる意外でありましたろう! じつに意想外のうちの意想外な光景でした。土蔵の中に設けられた祭壇の上には、無事でいまいと覚悟された式部小
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