、ちっと気味のわるい話なんでございますよ。聞けば、こちらの綿半さんも同じようなめにお会いなすったそうでございますが、ちょうど三日まえのことでございます。てまえは神田の連雀町《れんじゃくちょう》で畳表屋を営みおりまする久助と申す者でございますが、雨がしょぼしょぼ降っていました晩がた、おかしな比丘尼の女行者がひょっくりとやって参りましてな――」
「なにッ、女行者とな! 美人だったか!」
「へえい。目のさめるほど美しい比丘尼の行者でございましたが、ひょっくり、やって参りまして、いま通りかかりに見たのじゃが、おまえの家の屋の棟《むね》に妖気《ようき》がたちのぼっているゆえ、ほっておいたら恐ろしい災難がかかってくるぞ、とやにわにこのようなことを申しましたのでな、家内もてまえもそういうことは特別かつぎ屋でございますゆえ、何がそんなあだをするのでございましょうと尋ねましたら、気味のわるいこともあればあるものではござりませぬか。この屋敷には五代まえから白へびが主となって住んでいるはずじゃが、今まで一度も供養をせずにほっておいたゆえ、それがお怒りなすったのじゃ、とこんなことを申すんですよ。でも、そんなへびは祖先代々お目にかかったという話さえも承ったことがございませんゆえ、半信半疑に聞いておりましたところ、疑うならばお呼び申してしんぜようと申しまして、なにやら呪文《じゅもん》のようなことを二言三言おっしゃいましたら、二尺ばかりのまっしろいへびが、ほんとうに縁側からにょろにょろとはいってきたんでございますよ!」
「それで、いかがいたした。災難のがれに、娘を供養にあげろと申しおったか!」
「へえい。供養金を百両と、娘の千恵めを五日間お比丘尼さまのご祈祷所《きとうじょ》におこもりさせたら、へび静めができると、このようなことを申しましたゆえ、どんな災難がござりまするか、つまらぬあだをされてはと震え上がりまして、おっしゃるとおりにしましたところ、奇態ではござりませぬか、お祈祷所はそのままでございましたが、ただいま行ってみますると、娘もお比丘尼さまもどこへ行ったものやら、かいもくあとかたも見えないのでござります」
「綿半とやら、そちも同様だったか」
「へえい。一日だけてまえのほうが早いだけのことで、何から何までそっくりでござりました。ほかのものならそれほどもぎょうてんいたしませぬが、見たばかりでも気味のわるい白へびがにょろにょろ庭先へはい出してまいりましたゆえ、てまえも、家内も、娘のお美代もすっかりおじけたちまして、いうとおり百両さしあげ、やっぱりおこもりにつかわしましたのでござります」
「その間に祈祷所とやらへ、様子見に参ったことはなかったか」
「おきれいなお比丘尼さまでござりましたゆえ、安心しながらきょうまでお預け放しにしておいたのでござります」
奇怪も奇怪! ぶきみもぶきみ! 事実はがぜんここにいたって妖々《ようよう》と、さらにいっそうの怪奇ななぞと疑雲に包まれ終わったかと思われましたが、しかし、両名の陳述を聴取するや同時、さえざえとさえまさったことばが、ずばりと名人の口から言い放たれました。
「おろか至極な親どもだな! へび使いの比丘尼小町に、たいせつな娘をしてやられたぞッ」
「えッ! では、では、娘をかたり取るために、そんな気味のわるい長虫を使ったのじゃとおっしゃるのでござりまするか」
「決まってらあ。小へびのうちから米のとぎじるで飼い育てたら、どんなへびでも白うなるわ!」
「でも、呪文《じゅもん》を唱えましたら、それを、合い図ににょろにょろとはい出したのが、奇態ではござりませぬか!」
「だから、愚かな者どもじゃと申しているんだッ。前もって縁の下にでも放しておいて、使い慣らした白へびを呼び出したんだッ」
「ならば、娘の身にもなんぞ異変が起きているのでござりましょうか! かたりかどわかしたうえで、どこぞ遠いところの色里へでも売り飛ばしたのでござりましょうか!」
「相手はへびと一つ家に寝起きしている比丘尼行者だ。もっとむごたらしいめに会っているかもしれんぞッ。祈祷所とか申したところは、遠いか、近いか!」
「湯、湯島の天神下でござります」
「じゃ、伝六ッ」
「…………」
「伝六ッといっているのに、聞こえねえか!」
「き、聞こえますよ、聞こえますよ。ちゃんと聞こえているんですが、どうせのことなら、ゆうべの式部小町を先にかぎ出しておくんなせえな、生得あっしにゃ、長虫ってえやつがあんまりうれしくねえんでね。話きいただけでも、目先にちらついてならねえんですよ」
「忙しいやさきに、よくもたびたび手数のかかるこというやつだな! その式部小町もいっしょにしてやられているから、急いで駕籠呼んでこいといってるんだッ」
「えッ。じゃなんですかい! 河童権に一服盛りやがった
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