その目ぢょうちんで、あそこのくいのところをよく調べてみなよ!」
 いわれて、のどかなお公卿さまがお役にたつはこのときとばかり、知恵伊豆折り紙つきの生きぢょうちんを光らしながら、しきりとくいぎわの葦《あし》むらを見調べていた様子でしたが、おどろいたもののごとくに叫びました。
「なるほど、におってきたにちげえねえや。ね、だんな、だんな! ここから何か土手の上へひきずり上げでもしたとみえて、葦が水びたしになりながら、一面に踏み倒されておりますぜ!」
 きくや、会心そうな微笑とともに命令一下。
「見ろい! ぞうさがなさすぎて、あいそがつきるじゃねえか! きっと、近所の駕籠《かご》を雇って、女もろとも河童野郎めどこかへつっ走ったに相違ねえから、大急ぎにふたりして駕籠の足跡拾ってきなよ!」
 今は伝六とても何しにとやかくとむだ口たたいていられましょうぞ! まことにわれらの名人右門がひとたび出馬したとならば、かくのごとくに慧眼《けいがん》俊敏、たちまち第一のなぞがばらりと解きほぐされましたものでしたから、ふたりの配下は雀躍《じゃくやく》として、大小二つのバッタのごとく、そでに風をはらみながら飛びだしました。
 しかも、その報告がさらに上々吉でした。はね返りながら駆けもどってくると、あいきょう者がわがてがらのごとく遠くから言い叫びました。
「口まねするんじゃねえが、あんまりぞうさなさすぎて、ほんとうにあいそがつきまさあ。およそまぬけの悪党もあるもんじゃござんせんか。あそこの帳場から二丁雇ってきやがって、ここへ待たしておきながらつっ走ったといいますぜ」
「なるほど、まぬけたまねしたもんだな。行く先の眼もついたか」
「大つき、大つき! 河童権《かっぱごん》とかいう水もぐりの達者な船頭でね。ねぐらは蔵前の渡しのすぐと向こうだっていうんですよ」
「いかさま、名からしてそいつが犯人《ほし》にちげえねえや。じゃ、ちょっくら川下のとち狂っている人足どもにそういってきな。式部小町とやらのお嬢さまは、河童が丘を連れてつっ走ったから、もう腹減らしなまねはすんなといってな。だが、おれの名まえは隠しておきなよ。わいわい騒がれると暑っ苦しいからな」
 いうべきときにはずばりと名のり、名のるべからざるところではゆかしく秘めて、まことここらあたりが右門党のうれしくなる江戸まえのきっぷですが、伝六またなかなかちょ
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