小町の屋形がぶくぶくとやりましたんでね、さっそく舟をつけて調べましたら、屋形の底に刀かなんかでくりぬいた穴があるんですよ。おまけに、娘の行くえがまだわからねえというんだから、これじゃあわてるのがあたりまえじゃござんせんか!」
 と、――むっくり起き上がったようでしたが、まことにどうもその尋ね方がじつに右門流でした。
「人足どもあ、みんなとち狂って、川下ばかり捜しているんだろ。だれかひとりぐれえ上へのぼって調べたやつあいねえのかい」
「ちぇッ。お寝ぼけなさいますなよ。墨田の川はいつだって下へ流れているんですよ。聞いただけでもあほらしい。この騒ぎのなかに川上なんぞゆうちょうなまねして捜すとんまがありますものかい? 沈んだものでなきゃ、下へ流されていったに決まってるじゃござんせんか!」
「しようのねえどじばかりだな。だから、おいらは安できの米の虫が好かねえんだ。頭数ばかりそろっていたって、世間ふさぎをするだけじゃねえか。せっかく久しぶりで気保養しようと思ってやって来たのに、ろくろく涼むこともできゃしねえや。ちょっくら知恵箱あけてやるから、ついてきな」
 慧眼《けいがん》すでになにものかの見通しでもがついたもののごとく、一本|独鈷《どっこ》に越後《えちご》上布で、例の蝋色鞘《ろいろざや》を長めにしゅっと落として腰にしながら、におやかな美貌《びぼう》をたなばた風になぶらせなぶらせ、ゆうぜんとして表のほうへやって参りましたので、すっかり悦に入ったのはあいきょう者です。ことに、自分が先に手を染めて、屋形船の底の穴を見破った自慢がいくらかてつだっていたものでしたから、ことごとく鼻高の伝六でした。
「どけッ、どけッ。安できの米の虫がまごまごしたって、道ふさぎになるばかりじゃねえか。暑っくるしいから、やじうまはどぶへへえれよッ」
 すぐともう名人のせりふを受け売りしながら、肩で風を切り、ありったけの蘊蓄《うんちく》を傾けて、いらざることをべらべらとしゃべりつづけました。
「ね、だんな、それであっしゃこう思うんですがね。聞きゃ、あの小町美人、たんざく流しで婿選みするっていうんでしょう。だから、きっと、あの式部小町に首ったけのとんまがあって、思いは通らず、ほっておきゃ人にとられそうなんで、くやし紛れにあんなだいそれたまねしたんだろうと思うんですがね。どうでしょうね。違いますかね」
「………
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