だ。もうちっとりこうにならなくちゃ、みっともねえじゃねえか。どういうわけでゆすり取られたか聞いてきたか」
「へえい。このまますごすごけえったんじゃ、だんなに会わす顔がねえと思いましたんでね。それだきゃ根堀り葉掘り聞いてきたんですが、なんでもあの駿河屋に勘当した宗助とかいうせがれがあってね、もう十年このかた行き先がわからねえのに、ご家人の野郎めがどこで知り合いになったか、その宗助に千両貸しがあるから、耳をそろえていま返せっていったんだそうですよ。だけども、借りた本人は生きているかも死んだかも知らねえんでね、すったもんだをやっていたら、せがれの直筆だという借用証書をつきつけやがって、あげくの果てに、とうとうだんびらをひねくりまわしゃがったんで、命あっての物種と、みすみす千両かたり取られたとこういうんですがね。でも、おやじがそのとき、ちょっと妙なことをぬかしやがったんですよ。勘当むすこの宗助はどういうわけで縁を切ったんだときいてやりましたらね、あんまり芸ごとと、それから弓にばかり凝りゃがるんで、十年まえにぷっつりと親子の縁を切ったと、こういうんですがね」
「なにッ。もういっぺんいってみろ!」
「なんべんでも申しますが、せがれの野郎め、あんまり芸ごとと弓にばかり凝りゃがるんで、先が案じられるから勘当したと、こういうんですよ」
「もうほかにゃねえか!」
「あるんですよ、あるんですよ。こいつあおやじの話じゃねえ、あっしがこの二つの目でちゃんと見てきたことなんだが、鈴原※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校の乗っていきやがった駕籠っていうのが、ちっと変ですぜ。きのう品川宿でくせ者大名が乗り拾てていったあの駕籠みてえに、金鋲《きんびょう》打った飾り駕籠で、おまけにやっぱり紋がねえんですよ」
「なにッ。そりゃほんとうかッ」
「正真正銘のこの目の玉で見たんだから、うそじゃねえんですよ」
きくや同時! がばっとはねおきるや、カンカラとうち笑っていましたが、ずばりと小気味よげに言い放ちました。
「ちくしょうめッ。すっかりおれさまにあぶら汗絞らせやがって、とんだ城持ち大名もあったもんじゃねえか。な! 伝六ッ」
「えッ!」
「あんまりつまらぬうぬぼれをいうもんじゃねえってことさ。二、三十枚がた役者が違わあなんかと大きな口をきいていたが、もうちっとでむっつり右門も腹切るところだったよ」
「じゃ、なにかくせ者大名の当たりがついたんですかい!」
「大つきさ。ご家人と、按摩《あんま》と、にせ大名は、一つ野郎だよ」
「そ、そ、それじゃあんまり話がうますぎるじゃござんせんか」
「うまくたってまずくたって、ほんとうなんだから、しようがねえじゃねえか。おめえもとっくり考えてみねえな。いやしくも、正真正銘の大名が乗る金鋲駕籠《きんびょうかご》だったら、どんな小禄《しょうろく》のこっぱ大名だっても、お家の紋がねえはずあねえよ。しかるにもかかわらず、お大名の飾り駕籠で、まるきし紋がねえなんていうもなあ、しばいの小道具よりほかにゃねえんだ。また、小道具だからこそ、上への遠慮があるんで、駕籠はにせても紋はつけねえのがあたりまえじゃねえか。それとも知らず、品川表の出があんまり大きすぎたんで、尾州様を相手に取っ組むからにゃ、いずれ大名だろうと早がてんしたのが、おれにも似合わねえ眼の狂いだったよ」
「いかさまね。じゃ、野郎め、どっかの役者だろうかね」
「あたりめえさ。ご家人から按摩に化けることのうまさからいったって、しばい者だよ。しかも、おどろくことにゃ、ご家人も、鈴原※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校も、にせ駕籠大名も、みんな裸にむいたら十年このかた行くえが知れねえといった駿河屋の勘当むすこの宗助めだぜ」
「えッ。そりゃまた下手人が妙な野郎のところに結びついたもんですが、どうしてそんな眼がおつきですかい」
「どうもこうもねえ、おめえが今その口で、勘当むすこが芸ごとと弓に凝りすぎたといったじゃねえか。おおかた落ちぶれやがって、器用なまねができるのをさいわい、河原者《かわらもの》の群れにでも身をおとしゃがったにちげえねえんだ。弓にしてからがおそらく半弓にちげえねえよ。それよりも、肝心な証拠は直筆の借用証書なんだ。本人のてめえだからこそ、直筆だろうと真筆だろうと何枚だっても書けるじゃねえか」
「でも、それにしたって、生まれたうちへなにもご家人に化けていかなくたっていいじゃござんせんか」
「あいかわらずものわかりの悪いやつだな。七生までも勘当されたといったじゃねえか。あまつさえ、千両もの大金をねだりに行くんだ。勘当されたものがしらふで行かれるかい」
「なるほどね。そういわれりゃそれにちげえねえが、野郎めまたなんだって、千両もの大金がいるんだろうね」
「路銀をこしれえて、どこか遠いところへ高飛びするつもりなんだよ」
「えッ。そりゃたいへんだッ。さあ、忙しいぞッ。いう間もこうしちゃいられねえや! さ! 出かけましょうよ! な! 辰ッ。おめえも早くしたくしろよ」
「どじだな。行き先もわからねえうちに駆けだして、どこへ行くつもりなんだッ」
「そうか! いけねえ、いけねえ! あんまりだんながおどかすから、あわてるんですよ。じゃ、野郎の居どころも当たりがついていらっしゃるんですね」
「むっつり右門といわれるおれじゃねえか。じたばたせずと、手足になって働きゃいいんだッ。ふたりして、ちょっくらご番所を洗ってきなよ」
「行くはいいが、何を洗ってくるんですかい」
「知れたこっちゃねえか。このおひざもとで小屋掛けのしばいをするにゃ、ご番所のお許しがなくちゃできねえんだ。いま江戸じゅうに何軒小屋が開いてるか、そいつを洗ってくるんだよ」
「なるほど、やることが理詰めでいらっしゃらあ。じゃ、辰ッ、おめえは数寄屋橋《すきやばし》のほうを洗ってきなよ。おいら呉服橋の北町番所へ行ってくるからな」
「よしきた。何を洗い出しても、今みてえにあわ食うなよ。じゃ、兄貴、また会うぜ」
まめやかなのに念を押されながら、ふたりは疾風――
ほど経て、相前後しながら駆けもどってくると、善光寺のお公卿さまがまず一つ報告いたしました。
「ね、だんなだんな! 南町ご番所でお許しを出したというなア、神明さまの境内のあやつりしばいが一座きりきゃないっていいますぜ」
「そうかい。伝六兄いのほうはどんなもようだ」
「そいつがね、だんな、ちっとにおうんですよ。もうそろそろ夏枯れどきにへえりかけたためか、願いを出したな両国|河岸《がし》に中村梅車とかいうのがやっぱり一座きりだそうですがね、尾州から下ってきた連中だとかいいますぜ」
「そうか! 尾州下りと聞いちゃ、犯人《ほし》ゃその両国にちげえねえ。じゃ、例の駕籠だッ」
「ちぇッ、ありがてえ。もうこんどこそは、尾張様だろうと百万石だろうとこわかねえぞ。ちっと急がにゃならねえようだから、きょうは特別おおまけで、三丁じゃいけませんかね」
「どうやらまた晴れもようになったから、世直し祝いにかんべんしてやらあ」
「むっつり大明神さまさまだッ。じゃ、辰ッ、そのまにだんなのお召し物をてつだっておあげ申せよ。そっちの三つめのたんすが夏の物だからな」
言いすてると、伝六は早かごの用意。お公卿さまにてつだわさせた名人は、南部つむぎに浜絽《はまろ》の巻き羽織、蝋色鞘《ろいろざや》は落としざしで、素足に雪駄《せった》の男まえは、いつもながらどうしかられても一苦労してみたくなるりりしさでした。
5
かくて、前後三丁、景気よく乗りつけたところは、両国河岸の中村梅車なる一座です。時刻はちょうど昼下がりの八ツ手前――。今と違って、あかりの設備に不自由なお時代なんだから、しばいとなるとむろん昼のもので、表方の者にきくと、ちょうど四幕めの幕合いということでしたから、にらんだ犯人《ほし》なる勘当宗助、はたして一座にいるやいなやと、ずかずか棧敷《さじき》のほうから小屋の中へはいっていきました。
と――。どうしたことか、棧敷土間いっぱいの見物が、いずれも総立ちになりながら、しきりとなにかわいわいとわめき騒いでいるのです。その騒ぎ方がまた尋常一様ではなかったので、いぶかしく思いながら、かたわらの見物にきき尋ねました。
「なにごとじゃ。何をわめきたてているのじゃ」
「だって、あんまり座方の者がかってをしやがるから、だれだっても見物が鳴りだすなあたりまえじゃござんせんか。じつあ、この一座に尾州下りの市村宗助っていう早変わりのうめえ役者がいるんですがね。これから幕のあく色模様名古屋|音頭《おんど》で、市村宗助が七役の早変わりをするってんで、みんなそれを目当てでやって来たのに、今にわかと用ができて舞台に出られねえと頭取がぬかしゃがったんで、このとおりわめきだしたんですよ」
早変わり役者で、あまつさえ名も宗助といったものでしたから、なんじょう名人の目の光らないでいらるべき! ただちに楽屋裏へやって行くと、居合わした道具方に鋭くきき尋ねました。
「市村宗助はいるか、いないか!」
「今、楽屋ぶろから上がってきたようでしたから、まだいるでしょうよ」
「へやはどこじゃ」
「突き当たりの左っかどです」
走りつけていってみると、だが、目を射たへやの光景とその姿!――案の定、高飛びをするつもりからか、伝六がいったあのときの駕籠の中の鍼灸《しんきゅう》の道具箱を、たいせつなもののようにそばへ引きよせて、本人なる宗助自身は、巧みなその早変わりを利用しつつ、今度は女に化けて逐電しようという計画のためにか、なまめかしい緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢《ながじゅばん》を素はだにひっかけながら、楽屋いちょうに結った髪のままでせっせと顔におしろいを塗っているさいちゅうでした。しかも、そのうしろには、にらんだとおり西条流の半弓が、まだ残っている六本の鏑矢《かぶらや》もろとも、すべての事実を雄弁に物語るかのごとくちゃんと立てかけてあったものでしたから、名人のすばらしい恫喝《どうかつ》が下ったのは当然!
「鈴原|※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校《けんぎょう》! 駿河屋《するがや》のかえりには手下どもが偉いご迷惑をかけたな」
「ゲエッ――」
といわぬばかりにぎょうてんしたのを、つづいてまたピタリと胸のすく一喝《いっかつ》――
「みっともねえ顔して、びっくりするなよ。さっきとこんどとは、お出ましのだんなが違うんだッ。むっつり右門のあだ名のおれが目にへえらねえのか!」
きいて二度ぎょうてんしたのはむろんのことなので、しかるに市村宗助、なかなかのこしゃくです。三十六計にしかずと知ったか、楽屋いちょう、緋縮緬、おしろい塗りかけた顔のままで、やにわとうしろにあった西条流半弓を鏑矢《かぶらや》もろとも、わしづかみにしながら、おやま姿にあられもなく毛むくじゃら足を大またにさばいて、タッ、タッ、タッと舞合表へ逃げだしましたので、名人、伝六、辰の三人も時を移さず追っかけていくと、だが、いけないことに舞台はちょうど幕をあけて、座方の頭取狂言方が、宗助出せッと鳴りわめいている見物に向かって、平あやまりにわび口上を述べているそのさいちゅうでしたから、不意に飛び出した四人の姿に、わッと半畳のはいったのは当然でした。
「よよッ、おかしな狂言が始まったぞッ」
「おやまの役者が、弓を持っているじゃねえか!」
「おしろいが半分きゃ塗れていねえぜ」
叫びつつ総立ちとなって、花道にまでも見物があふれ出たものでしたから、ために逃げ場を失った宗助は、ついにやぶれかぶれになったものか、突如、きりきりと引きしぼったのは、西条流鏑矢の半弓!――弓勢《ゆんぜい》またなかなかにあなどりがたく、寄らば射ろうとばかりにねらいをつけようとしたせつな。――だが、われらの名人の配下には、善光寺の辰という忘れてならぬ投げなわの名手がいたはずです。
「野郎ッ。ふざけたまねすんねえ! 昼間だっても、おれの目は見えるんだぞッ」
いうや、するするとその手から得意の蛇《じゃ》がらみ
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