《せんぎ》には、命を捨てても口を割ろうとしない武士かたぎ男だて気質のめんどうなのが介在することをよく心得ていましたものでしたから、弓師六郎左衛門はたしていかなる人物かと、ややしばし烱々《けいけい》と鋭く見守っていましたが、べつにうろたえた色も見せず、目の動きもいたって尋常、懸念すべき点はなさそうでしたから、やがてのことに名人のさわやかなことばがずばッと飛んでいきました。
「神妙に申したてねばあいならんぞ」
「ご念までもござりませぬ」
「では、あい尋ねるが、そちの手掛けた西条流半弓一式を近ごろにどこぞの大名がたへ納めたはずじゃが、覚えないか」
「…………」
「黙っているは隠す所存か」
「め、めっそうもござりませぬ。そのようなことがござりましたろうかと、とっくりいま考えているのでござりまするが、――せっかくながら、この両三年、お尋ねのようなことは一度もござりませぬ」
「なに? ないとな! いらざる忠義だていたすと、せっかく名を取った西条流弓師の家名も断絶せねばならぬぞ。どうじゃ、しかとまちがいないか」
「たしかにござりませぬ。てまえは昔から物覚えのよいが一つの自慢。まして、ご大名がたへのご
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