」
「じゃ、なにかくせ者大名の当たりがついたんですかい!」
「大つきさ。ご家人と、按摩《あんま》と、にせ大名は、一つ野郎だよ」
「そ、そ、それじゃあんまり話がうますぎるじゃござんせんか」
「うまくたってまずくたって、ほんとうなんだから、しようがねえじゃねえか。おめえもとっくり考えてみねえな。いやしくも、正真正銘の大名が乗る金鋲駕籠《きんびょうかご》だったら、どんな小禄《しょうろく》のこっぱ大名だっても、お家の紋がねえはずあねえよ。しかるにもかかわらず、お大名の飾り駕籠で、まるきし紋がねえなんていうもなあ、しばいの小道具よりほかにゃねえんだ。また、小道具だからこそ、上への遠慮があるんで、駕籠はにせても紋はつけねえのがあたりまえじゃねえか。それとも知らず、品川表の出があんまり大きすぎたんで、尾州様を相手に取っ組むからにゃ、いずれ大名だろうと早がてんしたのが、おれにも似合わねえ眼の狂いだったよ」
「いかさまね。じゃ、野郎め、どっかの役者だろうかね」
「あたりめえさ。ご家人から按摩に化けることのうまさからいったって、しばい者だよ。しかも、おどろくことにゃ、ご家人も、鈴原※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校も、にせ駕籠大名も、みんな裸にむいたら十年このかた行くえが知れねえといった駿河屋の勘当むすこの宗助めだぜ」
「えッ。そりゃまた下手人が妙な野郎のところに結びついたもんですが、どうしてそんな眼がおつきですかい」
「どうもこうもねえ、おめえが今その口で、勘当むすこが芸ごとと弓に凝りすぎたといったじゃねえか。おおかた落ちぶれやがって、器用なまねができるのをさいわい、河原者《かわらもの》の群れにでも身をおとしゃがったにちげえねえんだ。弓にしてからがおそらく半弓にちげえねえよ。それよりも、肝心な証拠は直筆の借用証書なんだ。本人のてめえだからこそ、直筆だろうと真筆だろうと何枚だっても書けるじゃねえか」
「でも、それにしたって、生まれたうちへなにもご家人に化けていかなくたっていいじゃござんせんか」
「あいかわらずものわかりの悪いやつだな。七生までも勘当されたといったじゃねえか。あまつさえ、千両もの大金をねだりに行くんだ。勘当されたものがしらふで行かれるかい」
「なるほどね。そういわれりゃそれにちげえねえが、野郎めまたなんだって、千両もの大金がいるんだろうね」
「路銀をこしれえて、どこか遠いところへ高飛びするつもりなんだよ」
「えッ。そりゃたいへんだッ。さあ、忙しいぞッ。いう間もこうしちゃいられねえや! さ! 出かけましょうよ! な! 辰ッ。おめえも早くしたくしろよ」
「どじだな。行き先もわからねえうちに駆けだして、どこへ行くつもりなんだッ」
「そうか! いけねえ、いけねえ! あんまりだんながおどかすから、あわてるんですよ。じゃ、野郎の居どころも当たりがついていらっしゃるんですね」
「むっつり右門といわれるおれじゃねえか。じたばたせずと、手足になって働きゃいいんだッ。ふたりして、ちょっくらご番所を洗ってきなよ」
「行くはいいが、何を洗ってくるんですかい」
「知れたこっちゃねえか。このおひざもとで小屋掛けのしばいをするにゃ、ご番所のお許しがなくちゃできねえんだ。いま江戸じゅうに何軒小屋が開いてるか、そいつを洗ってくるんだよ」
「なるほど、やることが理詰めでいらっしゃらあ。じゃ、辰ッ、おめえは数寄屋橋《すきやばし》のほうを洗ってきなよ。おいら呉服橋の北町番所へ行ってくるからな」
「よしきた。何を洗い出しても、今みてえにあわ食うなよ。じゃ、兄貴、また会うぜ」
まめやかなのに念を押されながら、ふたりは疾風――
ほど経て、相前後しながら駆けもどってくると、善光寺のお公卿さまがまず一つ報告いたしました。
「ね、だんなだんな! 南町ご番所でお許しを出したというなア、神明さまの境内のあやつりしばいが一座きりきゃないっていいますぜ」
「そうかい。伝六兄いのほうはどんなもようだ」
「そいつがね、だんな、ちっとにおうんですよ。もうそろそろ夏枯れどきにへえりかけたためか、願いを出したな両国|河岸《がし》に中村梅車とかいうのがやっぱり一座きりだそうですがね、尾州から下ってきた連中だとかいいますぜ」
「そうか! 尾州下りと聞いちゃ、犯人《ほし》ゃその両国にちげえねえ。じゃ、例の駕籠だッ」
「ちぇッ、ありがてえ。もうこんどこそは、尾張様だろうと百万石だろうとこわかねえぞ。ちっと急がにゃならねえようだから、きょうは特別おおまけで、三丁じゃいけませんかね」
「どうやらまた晴れもようになったから、世直し祝いにかんべんしてやらあ」
「むっつり大明神さまさまだッ。じゃ、辰ッ、そのまにだんなのお召し物をてつだっておあげ申せよ。そっちの三つめのたんすが夏の物だからな」
言いす
前へ
次へ
全12ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング