か、およそ面目なさそうでしたから、名人がややいぶかって、きき尋ねました。
「どうしたい。がら相当でもなかったのかい」
「へえい……」
「ただへえいだけじゃわからぬよ、向こうが強すぎたのかい。それとも、おまえたちが弱すぎたのか」
「ところが、どうもそいつが、からっきしどっちだかわからねえんでね。今も道々辰とふたりで、首をひねりひねり来たんですよ」
「あきれ返ったやつらだな。じゃ、ご家人でなかったのかい」
「いいえ、それがいかにも変なんだから、まあ話をお聞きなせえよ。行ってみると、ひと足ちげえに、ご家人の野郎め千両ゆすり取りやがって、今ゆうゆうとあの駕籠で出かけたばかりだからといったんでね。それっとばかりに、辰とふたりしながら追っかけて、手もなく駕籠を押えたまではいいんだが、それからあとが、いかにもおかしいじゃござんせんか。駿河屋の店先から乗ったときにゃ、正真正銘のご家人だったというのに、中を改めてみるてえと、いつの間に人間をすり替えりゃがったか、似てもつかねえ按摩《あんま》めが澄まして乗り込んでいるんですよ」
「ほほう。なるほど、ちっと変だな。それからどうしたい」
「でもね、いっしょに追っかけていった番頭がいうにゃ、しかと乗って出た駕籠にちげえねえというんでね、按摩の野郎を締め上げようとするてえと、こいつが偉い啖呵《たんか》をきりゃがったんですよ。ご禁裏さまから位をいただいた鈴原|※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校《けんぎょう》じゃ。不浄役人ふぜいに調べをうける覚えはない、下がれッとぬかしやがったんでね。くやしかったが、位のてまえ、そのまま引き揚げたんですよ」
「なかなかぬかすな。頭は坊主か。それとも、何かかむっていたかい」
「※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校ずきんって申しますか、ねずみちりめんの、袋をさかさまにしたようなやつを、すっぽりかむっていましたよ」
「かわえそうに、みんごとお兄いさまたち、やられたな」
「じゃ、やっぱり化けていやがったんでしょうかね」
「あたりめえだ。ずきんの下でご家人まげが笑っていたことだろうよ。たぶん、針の道具箱もあったろうがな」
「ええ、ごぜえましたよ、ごぜえましたよ。なんだか知らねえが、特別でけえやつが、ひざのところに寄せつけてありましたぜ」
「しようのねえやつらだな。その道具箱の中に、千両はいっているんだ。もうちっとりこうにならなくちゃ、みっともねえじゃねえか。どういうわけでゆすり取られたか聞いてきたか」
「へえい。このまますごすごけえったんじゃ、だんなに会わす顔がねえと思いましたんでね。それだきゃ根堀り葉掘り聞いてきたんですが、なんでもあの駿河屋に勘当した宗助とかいうせがれがあってね、もう十年このかた行き先がわからねえのに、ご家人の野郎めがどこで知り合いになったか、その宗助に千両貸しがあるから、耳をそろえていま返せっていったんだそうですよ。だけども、借りた本人は生きているかも死んだかも知らねえんでね、すったもんだをやっていたら、せがれの直筆だという借用証書をつきつけやがって、あげくの果てに、とうとうだんびらをひねくりまわしゃがったんで、命あっての物種と、みすみす千両かたり取られたとこういうんですがね。でも、おやじがそのとき、ちょっと妙なことをぬかしやがったんですよ。勘当むすこの宗助はどういうわけで縁を切ったんだときいてやりましたらね、あんまり芸ごとと、それから弓にばかり凝りゃがるんで、十年まえにぷっつりと親子の縁を切ったと、こういうんですがね」
「なにッ。もういっぺんいってみろ!」
「なんべんでも申しますが、せがれの野郎め、あんまり芸ごとと弓にばかり凝りゃがるんで、先が案じられるから勘当したと、こういうんですよ」
「もうほかにゃねえか!」
「あるんですよ、あるんですよ。こいつあおやじの話じゃねえ、あっしがこの二つの目でちゃんと見てきたことなんだが、鈴原※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]校の乗っていきやがった駕籠っていうのが、ちっと変ですぜ。きのう品川宿でくせ者大名が乗り拾てていったあの駕籠みてえに、金鋲《きんびょう》打った飾り駕籠で、おまけにやっぱり紋がねえんですよ」
「なにッ。そりゃほんとうかッ」
「正真正銘のこの目の玉で見たんだから、うそじゃねえんですよ」
きくや同時! がばっとはねおきるや、カンカラとうち笑っていましたが、ずばりと小気味よげに言い放ちました。
「ちくしょうめッ。すっかりおれさまにあぶら汗絞らせやがって、とんだ城持ち大名もあったもんじゃねえか。な! 伝六ッ」
「えッ!」
「あんまりつまらぬうぬぼれをいうもんじゃねえってことさ。二、三十枚がた役者が違わあなんかと大きな口をきいていたが、もうちっとでむっつり右門も腹切るところだったよ
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