ったよりより以上に、日月|星晨《せいしん》をいちじに失いでもしたかのごとくすっかり影が薄くなったのは当然なので、しょんぼりと小さくまくらもとにすわりながら、黙々、ぽつねんとうち沈んだままでした。
だのに、世間の中にはうるさいやつがあればあるものです。
「お願いでござります! お願いでござります!」
不意に表玄関先で、けたたましく言いどなった声がありましたものでしたから、おこり上戸の伝六が八つ当たりに爆発させました。
「やかましいや! きょうはお取り込みがあるんだから、手の内ゃ出ねえよ!」
「いいえ、物もらいではござりませぬ! 右門のだんなさまのお屋敷と知って、お力借りに駆けつけました者でござりますゆえ、おはようお取り次ぎくださりませ!」
「うるせえな! お通夜《つや》に行ったって、こんなに悲しかねえんだッ。用があるなら庭へ回れッ」
よほどうろたえているとみえ、ずかずか庭先へはいってくると、あわただしく言いたてました。
「てまえはつい目と鼻の小伝馬町に、もめん問屋を営みおりまする駿河屋太七《するがやたしち》の店の手代でござりまするが、ただいまたいへんでござります。おかしなご家人ふうのゆすりかたりがやって参りまして、小判千両出さずばぶった切るぞと、だんびらをひねくりまわしながら、しつこくおどかしてでござりますゆえ、お早くお取り押えくださりませ。お願いでござります!」
伝六がちょっと色めきながら、どういたしましょうというように振り返ったのをぴたりと押えて、名人が吐き出すごとくにいいました。
「世の中があじけなくなってくると、訴えてくることまでがこれなんだッ。たかの知れたご家人ふぜいのゆすりかたりぐれえで、もったいなくもこのおれが、そうやすやすとお出ましになれるけえ。二、三十枚方役者が違わあ。おめえたちふたりにゃちょうどがら相当だから、てがらにしたけりゃ、行ってきなよ」
「じゃ、辰ッ。どうせ腹だちまぎれなんだから、あっさり締めあげちまおうかッ」
「おもしれえ。そうでなくとも、おいら、ゆんべから投げなわの使い場がなくて、うずうずしてるんだから、ちょっくら行ってこようよ」
勢い込んで、手代のあとに従いながら、駆けだしていったようでしたが、ものの四半刻《しはんとき》もたたないうちにすごすごと帰ってきたのは、伝六、辰の両名でした。出がけにいったほどあっさりといかなかったの
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