った。話の初めを聞いているうちは、人の皮かむったけだものじゃなと思うていたが、今のそのざんげ話を聞いて、いささか胸がすっといたした。では、なんじゃな、あれなる黒ねこが、髪の毛をはぎとったのも、そちはどこでとられたか覚えもあるまいが、生前娘がかわいがっていたゆえ、丁子油のにおいから、畜生ながらもだいじにしてくれた人の面影を慕うて、人形とも知らずにとびついたのじゃな」
「おそらくそうでござりましょう。子どものようにかわいがっておりましたゆえ、それが忘れかねて、知らぬうちにつけ慕っていたものと思われまするでござります」
「よし、もうそれで、すっかりなぞは解けた。では、なんじゃな、そちがわしに力を借りたいというは、弥吉のまくらもとにあったとかいう三千両の盗み出し手をよく調べたうえで、万が一ぬれぎぬだったならば、罪人の汚名を着せて追いだした弥吉にそれ相当のわびをしたいというのじゃな」
「へえい。ぬれぎぬでござりますればもちろんのこと、よしんばあれがついした盗みにござりましょうとも、それほどまでにして娘がほしかったのかと思いますると、憎いどころか、弥吉の心がふびんに思われますゆえ、おついでにあれの居どころもお捜し当て願えますれば、つまらぬ了見違いで、若い者の思い思われた仲を割ろうとしたこのわからず屋のおやじの罪をいっしょにわびたいのでござります」
「気に入った、大いに気に入った、そういう聞いてもうれしい話で、このおれの力が借りたいというなら、むっつり右門の名にかけて、きっと望みをかなえさせてやらあ。じゃ、もうこの丁子油の髪の毛も用がねえ品だから、ついでにねこへも供養させてやるぜ。ほら、黒とかいったな、おまえにこいつあいただかしてやるから、生々世々《しょうじょうよよ》までおまえの命があるかぎり、お嬢さんだと思って守っていなよ」
 投げ与えてやると、愛するものにめぐり会いでもしたかのごとく、黒ねこがニャゴウゴロゴロ、ゴロゴロニャゴと、のどを鳴らしつつ髪の毛をくわえながら、いずれかへいっさんに走り去りましたので、われらの名人の秀麗な面に、はじめて莞爾《かんじ》と大きな笑《え》みが浮かぶといっしょに、ずばりと命令が下りました。
「さ! 伝六ッ、駕籠《かご》だ、駕籠だ!」
「ちぇッ、ありがてえッ。いまに出るか、いまに出るかと、さっきからなげえこと、しびれをきらしていたんですよ。だんなの分が一丁ですね」
「二丁だよ」
「えッ! じゃ、あっしが兄貴分の役得で、乗られるんですね」
「のぼせんな! こちらのお人形お大尽がお召しになるんじゃねえか」
「ほい、また一本やられたか。なんでもいいや、だんなのお口から駕籠が出りゃ、おいら、胸がすっとするからね。じゃ、辰ッ、おまえもひざくりげにたんと湿りをくれておけよ」
 こうなると伝六なかなかにうれしいやつで、骨身も惜しまずたちまち揚げ屋の表へ、くるわ駕籠を二丁見つけてまいりましたものでしたから、いよいよ捕物名人の第十五番[#「第十五番」は底本では「第五番」]てがらが、丁子油ならぬ溜飲《りゅういん》下げのにおいをそろそろと放ちだしました。

     4

 かくして乗りつけたところは、いうまでもなく日本橋詰めの近江屋《おうみや》勘兵衛《かんべえ》方です。何はともかく、千両箱のしまわれてあった金蔵を一見しなくばと、名人はすぐさま人形大尽を案内に立てて、屋の棟《むね》つづきの土蔵へやって参りました。商売がらが商売がらでしたから、そのがんじょうさ、いかめしさというものは説明の必要がないくらいなもので、戸前には特別大の大阪錠《おおさかじょう》をピシリとおろし、見るからに両替屋の金蔵らしい構えでした。
 人形大尽勘兵衛は、名人の出馬を得たのにもうほくほくでしたから、ただちにかぎを錠にはめて、鉄扉《てっぴ》と見える大戸前をあけにかかりました。
 と――、それを見て、名人が鋭く制しながらいいました。
「まて、まてッ。あけるのはあとでよいによって、まず先に盗み出されたおりのもようがどんなじゃったか、覚えているだけのことを話してみい」
「べつにいぶかしいと思うたことはござりませなんだよ。まえの晩にちゃんと錠をおろしておいたとおり、朝参りましたときも錠がおりてござりましたゆえ、あけて中を改めましたら、三千両だけ減っていただけでござります」
「あわて者よな。錠がそのままになっていて、なかの金が減っていたとせば、大いに不思議じゃないか。いったい、この錠のかぎは一つきりか、それとも紛失したときの備え品がほかにもあるか」
「いいえ、天にも地にもただ一つきりでござります」
「その一つは、だれが預かりおった。弥吉にでもかぎ番をさせておいたか」
「どうつかまつりまして、それまでは先ほども申しましたとおり、命をとられても小判は離すまいと思うほどだいじな品でござりましたゆえ、かぎは毎晩てまえがしっかり抱いて寝ていたのでござります」
「では、夜中にその抱いて寝ていたかぎを盗み出された形跡もないというのじゃな」
「ござりませぬ、ござりませぬ。そうでのうても目ざとい年寄りでござりますもの、抱いているのを盗み出されたり、またそっと寝床の中へ入れられるまで知らずにいるはずはござりませぬ」
「とすると、なかなかこれはおもしろうなったようじゃな。では、もう一度念を押してきくが、朝来たとき、たしかに錠はおりたままになっていたというのじゃな」
「へえい、ちゃんとこの目で調べ、この手で調べたうえに、てまえがこのかぎであけたのでござりますゆえ、おりていたに相違ござりませぬ」
「そうか、よしよし。ではもう一つ尋ねるが、その前の蔵の金を調べたのはいつじゃった」
「いつにもなんにも、毎晩調べるのでござりまするよ。商売がらも商売がらからでござりまするが、毎晩一度ずつ千両箱の顔をなでまわさないと、夜もろくろく寝られませなんだので、娘をしかった晩もよく調べましたうえ、ちゃんと錠をおろしましてやすんだのに、朝起きてみますると、先ほど申しあげましたように、弥吉めが持ってまいりましただけのちょうど三千両が蔵の中で減っておりましたゆえ、てっきりもうあいつのしわざと思うたのでござります」
「では、もう一つ尋ねようか。その晩調べにまいったおりは、そのほうひとりじゃったか」
「へえい、ひとりでございました」
「たしかにまちがいないか」
「…………」
「黙って考えているところをみると、なにか思い出しかけている様子じゃが、どうじゃ、たしかにひとりで調べに参ったか」
「いえ、思い出しました。いま思い出しました。やっぱりひとりではござりませぬ。小僧の次郎松といっしょでござりました」
「なにッ、丁稚《でっち》の次郎松がいっしょだったとな! 当年何歳ぐらいじゃ」
「十四でござりまするが、目から鼻へぬけるようなりこうなやつで、何も疑わしいようなことをする悪いやつではござりませぬよ」
「だれも疑うているといやあせぬわ。ただきいているまでじゃ。では、なんじゃな。その後この蔵には手をつけないのじゃな」
「へえい。こんなふうにだんなさまのお出ましを願うようにならばと存じまして、そのままにしておいたのでござります」
「しからば、吉原へ持参の五千両はどこから出しおった」
「向こうにもう一つ、ないしょ倉がござりますゆえ、そちらから持ち出したのでござります」
 まことにそれが事実ならば、およそいぶかしい三千両といわねばなりませんでしたから、始終を聞いていて、とても不思議でたまらぬように、例のごとく口をさしはさんだのはあいきょう者の伝六です。
「どうもこりゃ天狗《てんぐ》のしわざかもしれませんぜ。錠にもかぎにも異状がねえっていうのに、中の三千両が羽がはえて、弥吉の野郎のまくらもとに飛んでいっているなんて、どうしてもこりゃ天狗のいたずらですよ。久しく江戸に出たといううわさを聞かなかったが、陽気にうかれて二、三匹|鞍馬山《くらまやま》からでも迷い出たんでしょうかね」
「うるせえ! 黙ってろ。では、もういいから、戸をあけてみな」
 カチリ、ガチャリとやって、ガラガラと締め戸を押しあけながら、一同が人形大尽のあとに従って蔵の中へはいろうとしたそのとたん――
 名人がごくなんでもないような顔つきをして、ごくなんでもないようにこごみつつ、ちらりそこの錠前トボソがおりる敷居の上のみぞ穴をのぞいていたようでしたが、と――、不意にからからと大きくうち笑うと、きくだにすっと胸のすくようなせりふをずばりと言い放ちました。
「なんでえ、いやに気を持たしゃがって、つまらねえ。これだから、おれあどうも欲の深い金満家とは一つ世の中に住みたくねえよ。欲が深いくせに、むやみとこのとおり、やることがそそっかしいんだからな。ね、おい、京人形のお大尽、もう蔵の中なぞ調べなくたって、天狗の正体がわかったぜ」
「えッ! じゃ、あの、三千両を持ち出したものは、やっぱり弥吉でござりましたか、それとも娘でござりましたか」
「だれだか知らねえが、おまえさんはたしかにこの戸の錠がおりていたといったな」
「へえい、二度も三度も、しちくどいほど申しあげたはずでござります」
「では、もういっぺんその戸を締めてみな」
「締めますよ。締めろとおっしゃいますなら、何度でも締めますが、これでようござりまするか」
「たしかに締めたな」
「へえい、このとおりピシリと締めましてござります」
「では、もういっぺん、そのままかぎを使わないであけてみろ」
「冗談じゃござんせぬ。ピシリと締まった戸前が、かぎを使わないであけられるはずはござんせんよ。大阪錠というやつは、締まるといっしょにトボソが自然と中からおりるのが自慢なんでござりますからな。かぎなしでこの錠があけられてなりますものかい」
 不平そうにつぶやきつぶやき、今しめた戸を疑わしげにひっぱったとみえましたが、こはそもなんたる不思議! かぎなしであけられるはずがないといったその戸が、実に奇態に、かぎなしで手もなくガラガラとあいたものでしたから、おどろいたのは京人形のお大尽です。
「こりゃなるほど天狗でござります。いったい、どうしたのでござりましょうな」
「ちっとおれの目玉は値段が高いつもりだが、少しはおどろいたか」
「へえい、もう大驚きでござります。どうしたというのでござりましょうな」
「どうもこうもないよ。値段の安そうなその目をしっかりあけて、敷居のトボソがはまるそこのみぞ穴をよくみろな」
「何か穴に不思議がござりますか! おやッ、はてな。こりゃだんなさま、穴に何かいっぱい詰まっているようでござりまするが、何品でござりましょうな」
「塩豆だよ。塩でまぶしたあの煎《い》り豆さ」
「なるほどね。そういわれてみると、いかさまそれに相違ござんせんが、それにしても、だれがこんなまねをしたのでござりましょうな」
「丁稚の次郎松だよ」
「えッ! でも、せっかくのおことばでござりまするが、ちっとりこうすぎるところはあっても、あいつにかぎって、こんなまねするはずはござんせんよ」
「控えろ。むっつり右門といわれるおれがにらんでから、こうこうと見込みをつけたんだ。不服ならば聞いてやるが、あいつは買い食いする癖があるだろ。どうじゃ。眼が違うか」
「恐れ入りました。そういわれると、そのとおりにござります。ほかに悪いところはござりませぬが、たった一つその癖があいつの傷でござります」
「それみろ。思うにあの晩、そなたとふたりでこの倉へ調べに来たときも、きっとボリボリやっていたに相違ないが、気がつかなかったか」
「さよう……いえ、おことばどおりでござります。そう言われてみますと、いま思い出してござりまするが、たしかに何かもごもごと口を動かしておりましたゆえ、また買い食いをしたのかといってしかった覚えがござります。しかし、それにしても、あの次郎松がまたなんとしようとて、こんなだいそれたまねをしたのでござりましょうな。三千両を持ち出したのもあれでござりまするか」
「あたりめえさ、今どろを吐かせてやるから、はよう連れてこい」
 ずばりと断定を下しましたので、めんくらいながら
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング