ちまったんだろな、辰ッ、そこらに見えねえかい」
「いますよ、いますよ。だんなの足もとに、目を光らして尾っぽをつっ立てながら、ためていますぜ」
「そうか、それをきいちゃ、なおほっておかれねえや。油のにおいをつけながら、きっと、あとを追ってくるから、きさまその目ぢょうちんで、見失わねえようにしっかり見張ってきなよ」
 案の定、右門のこわきにかかえている疑問の髪の毛を追い慕いつつ、ニャゴ、ニャゴとぶきみな鳴き声たてながら、あとをつけてきましたので、その一事にいっそう不審を深めでもしたかのごとく、おのがお組屋敷へとって返すと、その場に外出のしたくを始めましたものでしたから、口先の伝法なのに似合わないで、ことごとく弱音を吐きだしたものは伝六でした。
「髪の毛だけでもあんまりうれしい詮議《せんぎ》じゃねえのに、薄気味のわるい黒ねこのお供で、なにもこんな夜よなかお出ましにならなくたってよかりそうなもんじゃござんせんか。癇《かん》のせいで、そんないやがらせをなさるんでしたら、もういっさいそまつな口あききませんから、あしたの朝にしておくんなせえましよ」
「悲鳴をあげるな。きさまのまたぐらにゃ、人並みに度
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