最初に丘の向こうから忍びやかな足音がありました。
 影は紛れなく男!
 つづいて、青梅院内から、これも同じような忍び忍んでのかすかな足音がありました。
 影は紛れなく尼僧姿!
 そして、尼僧のはばかるような声が先にきかれました。
「な、もし……弥吉さまか」
「そうでござります、お妙《たえ》さまか」
「あい……会いとうござんした。きょうも一日が、ほんとうに長うござんした」
「わたしも! わたしも!」
 かきねの外と、かきねの中とから、ひしと相いだくようにすがり合ったのを認めて、すいと名人が身を起こすと、一語強くふたりの影にいいました。
「八丁堀からはるばるお迎いに参った右門でござります。お妙さまのためにはお父御《ててご》が島田かつらをご用意なさいまして、婚礼のしたくができていましょうから、さ! いっしょにお越しなされませ」
 忍び会うていたふたりのおどろきはむろんでしたが、それを押えた名人がいいました。
「いえ、もうご心配はござりませぬ。それよりか、あのとおり、ふたりのてまえの手下どもが首をひねってござりますから、おふたりがどうしてこんなところへ来ていらっしゃるか、手みじかに話して
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