にござります」
第一の手がかりがついたものでしたから、いかでそのことばのさえないでいらるべき!
「油もそちがつけたか」
「いいえ、それがどうも妙なんでござりまするよ。この丁子油のしみた毛束に、そこへ使ってある戒名の書いた丈長《たけなが》を向こうからお持参なさいまして、至急に十七、八歳ごろの人形をこしらえろとのご注文でござりましたので、少し気味がわるうござりましたが、手もとにちょうどその年ごろなのがござりましたゆえ、そのままお言いつけどおりにいたしましてござります」
「いつじゃ」
「つい三日まえでござりました」
「注文先も存じおろうな」
「へえい。吉原《よしわら》の蛸平《たこへい》様とおっしゃる幇間《たいこもち》のかたでござりました」
――いよいよいでて、いよいよいぶかし! 注文主は名まえも奇態な吉原|幇間《ほうかん》の蛸平とありましたから、時を移さず右門の行き向かったところは、九番てがらの達磨《だるま》霊験記で詳しく地勢を述べておきました見返り柳の、あの柳町なる旧吉原です。怪猫のあとをつけていったのもむろんのことでしたが、しかし、伝六というしろものは、およそ罪のないあいきょう者でした。外はもうやがて丑満《うしみつ》にも近い刻限だというのに、一歩大門を廓《なか》へはいると、さすがは東国第一の妖化《ようか》咲き競う色町だけがものはあって、艶語《えんご》、弦歌、ゆらめくあかり、脂粉の香に織り交ざりながら、さながらにまだ宵《よい》どきのごときさざめきをみせていたものでしたから、今まで息の根も止まっていたのではないかと思われるほどに静まり返っていたのが、たちまち噴水のごとくに吹きあげました。
「ちぇッ。これだから伝六様というしょうべえはやめられねえや。ねこめがピカピカ目を光らしゃがるんで、人ごこちゃなかったが、もうここへくりゃどんな音でも出らあな。おい、辰ッ。おめえはほぞの緒切ってはじめてなんだろうから、後学のため、本場の花魁《おいらん》の顔をよく拝んでおきなよ。だが、ぽかんとしているてえと、チョボにさいふをすられるぜ」
かりにもご公儀お町方の禄《ろく》をちょうだいしている者に、さいふをすられるぞもないものですが、いわれた川越《かわごえ》育ちの豆やかなお公卿《くげ》さまが、存外にまたすみにおけないので、いとものどかに気どりながら、首筋をすくめるとささやいていいました。
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