きさを示していたものでしたから、せっかくの手がかりとなすべき努力も水泡《すいほう》に終わったのを知って、空中芸の済むのと同時に、やや思案に余ったかのごとく、ふたたび殺人の現場へ引き返していくと、じろじろ目を光らして丹念に死骸《しがい》を見ながめていたようでしたが、と――とつぜん、くすりと笑いだすと不意にいいました。
「な、伝六ッ」
「えッ」
「めったなことはいうもんじゃねえよ。むっつり右門ももうろくしたなと、さっきひとごとのようにひやかしていたが、おれともあろうものが、こんなでかいネタを見のがすんだからな。うっかりしたせりふはきけねえものさ。その女親方の口にかみ切られている振りそでをよく見ねえな」
「何か、るすの間にそでの様子でも変わったんですかい」
「いいや、変わりゃしねえがね。見りゃ、桜の花が染めぬいてあるから、さっき見た竹丸の竹模様、梅丸の梅模様だったところから推しはかって、おそらくその振りそで衣装をつけていたかるわざ娘は桜丸とでもいう名だろうが、でけえネタを見のがしたというな、その片そでの一枚下だよ」
「下に何か手品のしかけでもありますかい」
「あるんだから奇態じゃねえか。ちょっと上のをまくってみなよ」
「よよッ。なるほど、下にもう一枚模様の違った衣装のすそみてえなものを食いちぎっておりますね。しかもこりゃ、さっき梅丸が着ていやがったやつとおんなじ梅模様じゃござんせんか」
「だから、右門もとんだもうろくをしたものさ。いくら梅と桜と紛れやすい模様だからって、これに気がつかねえようじゃ、われながら皆さまに申しわけがねえよ。だが、もうこうなりゃおれの畑だッ。ふたりとも、さっき見とれたべっぴんをじきじきに拝ましてやるから、ついてきな!」
 いいつつ、ずかずかと押し入ったところは、いうまでもなく梅丸の楽屋べやです。ちょうど舞台を下がって、今の放れわざに一汗かいたものか、あらわな肉襦袢《にくじゅばん》一枚になりながら、しきりと胸のあたりに風を入れていたところへ、ぬうと右門主従が押し入りましたので、恥じおどろきながら梅丸があわてて脱いだ衣装を春の盛りの熟《う》れきった肉体に羽織ろうとしましたものでしたから、右門がやにわに足でしっかと踏みおさえると、しかるかのごとくにいいました。
「まてッ。この衣装にゃ、ちっと用があるんだッ」
 いいつつ見調べていたようでしたが、と、――果然、その内前すそが五寸四方ほど食いちぎられていることが発見されましたので、なんじょう名人の目のさえないでいらるべき――いとも皮肉にからんだ真綿責めのことばが、じっくりと飛んでいきました。
「舞台じゃはかまをはいていたので、このすその傷に気がつかなかったが、顔に似合わねえとんだ放れわざをやんなすったものだね。今、こっちの正体も拝ましてやるから、とっくりごらんなせえよ」
 いうや、ぱらり紫ずきんをはねのけて、秀麗かぎりない美貌《びぼう》に莞爾《かんじ》とした笑《え》みを見せていたようでしたが、ずばりといったそのことばは、なんともはや、右門党にとっては胸のすくことでした。
「ほんもののむっつり右門は、こんな顔をしているんだ。さ、気つけ薬になるか、虫干しになるか、よっくごらんなせえよ」
 ぎょッとなったのはむろんのことに梅丸ですが、しかるに、こやつがあでやかさにも似合わず、どうも強情でした。肉襦袢一枚の五体をわなわなと震わしたきりで、さらに口を割ろうとしなかったものでしたから、伝六があけっぱなしに始めました。
「じれってえだんなじゃござんせんか。どういうホシをつけなすったかしらねえが、割らなきゃ口を割るように、早いところ締めあげておしまいなせえよ」
「だめだよ」
「ちぇっ、べっぴんだから、おじけが出たんですかい」
「うるせえな。拷問火責めでものをいわするおれさまだったら、だれも右門党になんぞなっちゃくださらねえや」
 いいつつ、[#「、」は底本では「、、」]微笑しながら、じろじろとへやのうちを見ながめていましたが、ふとそのときわれらの捕物名人の目についたものは、そこの壁に張られてあった次のごとき張り紙です。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
「、座員、堅く厳守すべき条々のこと。
一、間食い、ないしょ食いいたすまじきこと。
二、夜ふかしいたすべからざること。
三、男員いっさい女座員のへやに立ち入るまじきこと、ならびにまた女座員、いっさい男員べやを犯すまじきこと。
[#ここから3字下げ]
以上の条々忘るべからず――娘かるわざ一座座長」
[#ここで字下げ終わり]
 ――だのに、なんという皮肉なことでしたか、それともまぬけのまぬけわざというべきでしたか、ちょうどその第三条の男員いっさい女座員のへやへ立ち入るまじきことと書いてある文句の下の、手梱《てごおり》、手箱、衣装なぞ
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