りしていておめえも化かされるなよ。いつだっても、このとおり、何をやぶからぼうにいいだすかわからねえのが、たった一つだんなの悪い病なんだからな、おめえもそのつもりでいるがいいぜ……だが、それにしてもまあ、ほんとうに、ちぇッ、ていいたくなるね。だんなのあのやにさがり方をよく見ろよ。平生は腹がたつくれえお堅いが、奇態とこういうふうないか者の娘っ子となるてえと、じきにだんなの風向きが変わるんだからな。どんなべっぴんどもだか知らねえが、たかの知れた奥山のやせ芸人じゃねえかよ。こんなのんきなまねをする暇があったら、はええことネタをあげちまえばいいものを、ほんとうにじれじれするじゃねえか。おめえまで誘い込まれて、ぽかんと口なんぞあけて見とれていたら、根こそぎ鼻毛を抜かれちまうぜ」
 しきりとあいきょう者が一日の長を誇って、いやに兄分風を吹かしているのを、右門はくすくすと笑いわらい聞き流しながら、黙念としてしたくの整うのを待ちました。

     4

 やがてのことに、まず舞台にはあかあかと何本かの燭台《しょくだい》がともされて、こんなときでもないときに、変わり種の三人ばかりなお客でも、やはり芸とならば鳴り物がはいらないと太夫《たゆう》たちに興が移らないのか、ジャカジャカチンチンと下座のおはやしが始まるといっしょに、嫣然《えんぜん》として右門主従三名のほうへ媚《こ》びの笑いを投げかけながら、妖々《ようよう》とそこに競い咲くごとく姿を見せた者は、これぞ問題の梅丸竹丸両花形です。梅の花を染めぬいた大振りそでを着ているところから推さば、それが梅丸というのに相違なく、年のころはまず二十一、二歳、一方はそれより一つか二つ年下で、同じように竹を染めぬいた大振りそでの衣装から判断すると、むろんのことにそれが竹丸というのに相違なく、しかも両々さすがに売り物の看板娘というだけがものはあって、なかなかにあなどりがたいあでやかさでしたから、
「へへえい。な、辰。こりゃどうもわりかたとおつな玉だぜ」
 たかが奥山の芸人ふぜいと、今のさっきけいべつしきったそのあいきょう者が、まだ舌の根のかわかぬうちに自分から先にたって、ぽかんと見とれだしたのも笑止千万ですが、そのまに下座のおはやし連がひとわき高くジャカジャカと景気をつけて、いかにも奥山の芸人らしく歌いだしました。
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※[#歌記号、1−3−28]――主と寝ようか五千石取ろか
   なんの五千石主と寝よ。
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 いっしょに梅丸竹丸が各自一振りずつ大きく腰を振って、商売なれしたもののごとくに、ぱッぱッと白い粉末を散らしながら、おのおのそのたびの裏に塗りつけたものは、竹棒をすべらぬための用意にと、先ほど右門がいった石灰でした。と見るまに、両名は別々のはしごを伝わりながら、そこの天井から向こうとこっちにぶらさがっている二本の竹棒の上にふんわり身軽くめいめいが乗り移ったと見えましたが、右手《めて》に扇子、左手《ゆんで》に唐笠《からかさ》を各自巧みにさッと開いて、下座の鳴り物調子に合わしながら、主と寝ようか五千石取ろかを、すべすべとした細い竹棒の上でいともあざやかに踊りつつ、手に汗するようなあぶない棒渡りの空中芸を競演しだしたものでしたから、伝六はむろんのことに、お公卿《くげ》さまの善光寺辰までが、のっぺりとのどかな顔にぽかんと大きく口をあけながら、すっかり二つの妖花《ようげ》の空中踊りに見とれてしまいました。
 けれども、わが捕物名人ばかりは、およそこういうところが品のできの違うところです。ふたりの手下がぽかんと妖花の芸に見とれているのをそこにほっておきながら、やにわにすいと立ち上がると、ずかずかと舞台の上にやっていって、爛々《らんらん》烱々《けいけい》と目を光らしながら、今、梅丸竹丸両名が竹棒の上にのぼるまえ、そこの板の上に残しておいた石灰の粉末のたび跡の大きさを、じいっと見調べました。
 ところが、どうもこれがじつに意外中の意外なので、右門の足は九文七分であったのをさいわい、それを標準のものさしにして両名の白い粉の足跡を計ってみると、偶然なことに、梅丸竹丸いずれもが同じように九文三分くらいの大きさでしたから、こりゃいけねえ、というように、すっかりあてのはずれた面持ちでした。また、これは、いかな名人であっても、ことごとくあぐねきってしまうのが当然なので、少なくも事件の重大なかぎとなるべき、あの女親方のへやにうっすらと乱れ散っていた大きなほうの粉足跡は、梅丸竹丸両名のうちのどちらかが残したものであろうとにらみがついたればこそ、こうやって見たくもない竹棒渡りまでも演ぜしめたのに、しかるをいま両名の足跡を検分したところによれば、なんとも腹のたつ偶然なことには、両々等しく九文三分ぐらいの大
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