てあかりなとつけなくてはなおこわかろうと、てまえがそのあんどんをともしに、はいったばかりでござります。それから、いまひとり、先ほど下手人めをお引き立てに参りました八丁堀のむっつり右門様とやらおっしゃるおかたが、おひとかたはいっただけでござります」
「ほほう、むっつり右門がたったひとりで参ったとな。あやつのそばには、おしゃべり屋のあいきょう者が今までしょっちゅうくっついていたはずじゃが、それを置き忘れてくるとは、むっつり右門も近ごろちっともうろくしたようじゃな。よしよし、もうたくさんじゃ。あまりそこからのぞかないほうがよろしいぞ」
 微笑しいしい皮肉なことをいって、おやじを向こうへ去らしていたようでしたが、かたわらの手裏剣少年のほうへ振りかえると、さらに改まった質問が飛んでいきました。
「そなたの姉は、かるわざ一座で何をいたしおった」
「ついこのほどで始めたばかりでござりまするが、竹棒渡りをしてでござりました」
「なにッ、竹棒渡りとな! たしか、あのかるわざをやる者は、竹がすべらぬように、たびの裏へ石灰かみがき砂を塗っておくはずじゃが、この一座では何をつかいおるか」
「石灰でござりました」
「ほほう、さようか。道理でのう。ならば、そなたの姉のほかに、まだこの一座では、察するところ、たしかにほかにも竹棒渡りをする者があるはずじゃが、どうじゃ。いるか、いないか」
「はっ、ござりますござります! 梅丸様とおっしゃるかたと、竹丸様とおっしゃるかたと、おふたりほかに竹棒渡りがござります」
「なにッ、ふたりとな! いずれも娘どもか」
「はい。おふたりさまにわたしの姉を加えて三人が、実はこの娘かるわざ師一座の看板でござります」
「なるほどのう。では、少し立ち入ったことをあい尋ぬるが、きょうだいならば気のつかぬはずもあるまい。そなたの姉は、何文ぐらいのたびをおはきじゃったか存ぜぬか」
「存じてござります、よく存じてござります。わたしと同じ八文七分でござりましたゆえ、どうかすると、ふたりして一つたびをかわるがわるはき合うたことさえもござりました」
 その一語をきくと、すでにもうそれだけで名人にはいっさいの見込みがついたもののごとく、莞爾《かんじ》と笑《え》みを見せていたようでしたが、いとも小気味よげなことを、ずばりといいました。
「なんでえ。おれがピカピカッと二、三べん目を光らすと、じきにもうネタが上がっちまうんだからな。われながらちっとあっけなさすぎるくれえだよ。ではひとつ、おめえらに目の保養をさせてやるかな」
 いいつつ振り返って、大きく呼び招いたのはさっきの楽屋番でした。
「こりゃ、おやじ」
「へえい」
「わしは先ほどここへ下手人を召し取りに参ったむっつり右門のお師匠――というと少し口はばったいが、まま、それに近い者じゃがな、なにか右門めが見落としたところはないかと、せっかくこうして調べに参ったが、うち見たところ、やはり先ほどのあれなる娘が下手人と決まったのでな、引き揚げるついでに、と申さば腹がたつかも存ぜぬが、見らるるとおりわれわれは平生ぶこつなご番所勤めをいたす悲しさに、めったなことではあでやかな娘かるわざ師の曲芸なぞは拝見できぬ身じゃでな、せっかくここまで参ったついでの目の保養に、どうじゃろうな、梅丸竹丸ご両人のあでやかな竹棒渡りを一見させてはくれまいかな」
「へえい、そりゃもう、ぜひに見せろとおっしゃいますれば見せもいたしまするが、なにしろこの騒ぎのあとではござりまするし、それにもう夜ふけでござりますのでな、本人どもがなんと申しますか」
「そこをひとつ無理して頼むのじゃがな。べつに役人風を吹かすわけではないが、このとおり奉行所《ぶぎょうしょ》の者が事を割っての頼みじゃから、両人の者にもその旨を申し聞けて、ひとつ目の保養をさせてはくれまいかな」
「よろしゅうござります。そう事を割ってのおことばならば、いかにもてまえが申し聞かせましょう」
 楽屋のほうへ行き去って、娘どもにその旨を伝えていたようでしたが、番頭としての職がらがものをいったものか、それとも奉行所の者が事を割って頼んだ目の保養という右門流の巧みな誘い出しがきいたものか、すぐさまにしたく万端の用意に取りかかった様子でしたから、名人はなにごとか深い計画ででもあるかのごとく、うそうそと覆面のうちに微笑しながら、舞台わきのうずら席の一隅《いちぐう》に、どっかと陣取りました。
 と見て、もちろんお株を始めたのはいつものとおり伝六で、だが、相手は右門でなく善光寺辰でした。
「な、辰ッ、さっきだんながいっしょに苦労を分けろとおっしゃったから、兄がいに半分おめえにも分けてやるが、こういうのがだんなのおはこなんで、これまで、どのくれえおらあこの手で苦労させられているかわからねえんだから、うっか
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