す」
「なにッ、親方殺しの下手人とな※[#疑問符感嘆符、1−8−77] いよいよ聞き捨て[#「聞き捨て」は底本では「聞て捨て」]ならぬことを申すが、そなたの姉がどこで何をいたして、どこのどんなむっつり右門が引いてまいったと申すのじゃ」
不意からいでて、ますます不意なことばでしたから、右門がしたたかにめんくらっていると、少年がへへいというように、ややしばしまじまじと名人の面を見つめていた様子でしたが、けげんそうにいいました。
「では、あの、だんなさまは少しもご存じないのでござりまするか」
「知らぬ、知らぬ。まったくの初耳なればこそ、かくおどろいているしだいじゃが、いったいいかがしたのじゃ」
「いかがも何もござりませぬ。まことご存じよりがござりませねば、詳しゅう申し上げいではなりませぬが、実はこうでござります。わたくしめは、いかにもだんなさまが先ほど仰せられましたように、この月初めから奥山の娘かるわざ師一座に仲間して、つたない手裏剣打ちをお目にかけておりまする芸人でござりまするが、つい半刻《はんとき》ほどまえでござりました。いつものように舞台を済まして、なにげなく楽屋へ帰ってまいりますと、ひどう皆さまがお騒ぎでござりましたゆえ、なんじゃと申して尋ねましたら、座元の女親方が、胸先を匕首《あいくち》でえぐられまして、お殺されなさったとこういうのでござりまするよ。それも、わたしの姉が下手人じゃと、みなさま一様に申されましたのでな、ぎょうてんいたしましてよくよく尋ねましたら、いったいどうしたことでござりますやら、お殺されなさった親方さまが、わたしの姉の着ておりました衣装の片そでを食いちぎって死んでおりましたゆえ、それが何より動かぬ下手人の証拠じゃと申しまして、その場からお引っ立てなさりましたと聞きましたゆえ、このとおり舞台姿のままで、すぐさま取り返しに追うてまいったのでござります」
「ほほうのう。では、その引っ立ててまいった者が、このわしじゃと申すのじゃな」
「はい。座方の皆さまがたもさように申しましたが、ご本人もそのときおっしゃったげにござります。実は、いま観音さまへ参詣《さんけい》に来て、人殺しのうわさを聞きつけ、すぐさま参ったが、わしは八丁堀のむっつり右門じゃ、この右門がこうとにらんだまなこに狂いはないゆえ、ふびんながら、それなる女は下手人として引っ立てまいるぞ、とこのようにご自身申されまして、わたしの姉を無理無体におくくしになりながらお連れ帰りなさったと聞きましたゆえ、たとえだれがなんと申されましょうとも、姉にかぎってそんなむちゃなことはしないはずと、ついカッとなりましてあとを追いかけ、あそこの茂みで様子をうかがっておりましたところへ、だんなさまがたのお姿が見えましたゆえ、てっきりもう姉を牢屋《ろうや》へぶち込んでのお帰りと存じまして、ちょうど舞台から持って帰ったままの手裏剣がふところにあったのをさいわい、腹だちまぎれに前後のわきまえもなく、先ほどのようなだいそれたまねをしたのでござります」
事実としたら、親方殺しの下手人が、それなる少年の姉であるか否かは二の次として、はしなくもここにむっつり右門がふたり生じたわけでしたから、いかさまこれは奇態といわねばなりませんでしたが、しかし、逐一を聞くや同時に捕物名人の面にまず上がったものは、ほんのりとした微笑です。それから、例の烱々《けいけい》としたまなこをらんらんと光らして、おもむろに、あごのまばらひげをつんつんとひっぱっていたようでしたが、いっしょにずばりと天下第一の胸がすく名|啖呵《たんか》が言い放たれました。
「バカ者めがッ。かたる者に人をかいて、このむっつり右門に化けるとはなにごとだッ――さ、伝六ッ。辰ッ。ちっとまた忙しくなったようだから、久方ぶりに右門流の虫干しでも始めようぜ」
いいつつ、珍しや今宵《こよい》はすっぽりと紫覆面に姿をかくして、黒羽二重の着流しにりゅうとしながら立ち上がりましたものでしたから、ことごとくおどり上がったのはあいきょう者です。
「ちッ、ありがてえッ。こうおいでなさりゃ、伝六様もおしゃべりのあごにたっぷりゴマの油がひけるというもんだ。辰公もよく覚えておきなよ。おいらがだんなの口に、今のような啖呵が出たなとなりゃ、すぐにあとは駕籠《かご》だッとおいでなさるからね。では、呼びますぜ」
しかし、駕籠は駕籠でしたが、ちょっと今宵は趣が違っていますので――、
「一丁でいいぜ」
「えッ?」
「おれの分が一丁でいいんだよ」
「急に勘定高いことをおっしゃりだしましたが、じゃ、あっしらふたりはどうするんですかい」
「きまってらな。入費のかからねえ二本の足で走っておいでよ」
「ちぇッ。どうせご番所のお手当金をいただくんだもの、足代ぐらいはしみったれなくたっていいじゃ
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