でやらあ! もうこうなりゃ、おれもいっしょに死んでやるから、さ、殺せッ。さ、殺せッ」
 きりきりと歯を食いしばって、こめかみのところにみみずばれのような太い癇癪筋《かんしゃくすじ》をたてながら、だれといっしょに死んでやるというのか、おれも殺せ、おれも殺せと、わけもなくののしり叫んだものでしたから、ぽかんとしてしまったのは伝六で――、
「こりゃだんな、どうもキ印のようでござんすぜ」
 そろそろとお株を始めた様子でしたが、しかし右門は黙ってまずそれなる少年の人相風体を一見いたしました。見ると、これがどうもいよいよ奇態で、年のころはいかさま十五、六のようでしたが、いぶかしいのはその風体でした。顔から首が一帯の濃いおしろいで、着付けはけばけばしい大模様の振りそでの上に、うがっているはかまなるものがまた、どうしたことかまっかです。
「ほほうのう、ちっとこりゃ変わり種かもしれねえな」
 つぶやきながら、じろじろと見ながめていた様子でしたが、やがてずばりと名人の断定するがごときことばが放たれました。
「そなた、どこぞの小屋掛けしばいに出ている役者だな」
 ところが、少年は何をそんなに憤慨しているのか、わけもなく癇癪《かんしゃく》筋をふくらませて、おそろしくいけぞんざいな痛罵《つうば》を右門に浴びせかけました。
「めくら役人めが、なにょぬかしゃがるかい! 役者だろうとなんだろうと、大きなお世話だ。こうなりゃもうじたばたしねえから、さ、殺せ! さ、殺しゃがれッ」
 いう少年も少年でしたが、聞いていった右門もまた右門でした。
「そうか、じゃ、望みどおり殺してやるが、おれの殺し方は、ちっと冷たいぜ」
 変なことをいいながら、うそうそと笑いわらいかたわらを顧みると、伝六に不意と命じました。
「辰にもてつだわせて、手おけに水を二、三杯持ってきなよ」
「え※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 水で人間が死ねますかい?」
「またお株を始めやがったな。なにもいちいち聞き返さなくっていいじゃねえか。持ってこいってたら持ってきなよ」
「いいえね、あっしゃもう一年のうえもだんなのそばにくっついているんだから、どんなとんちんかんなことをおっしゃろうと、まただんなのおはこが出たなと思うだけで、べつに驚きゃしませんが、善光寺辰あ、まだほやほやなんだからね、さぞかしめんくらうだろうと思って、ちょっと兄貴風を吹かしてみただけなんですよ」
 変なところへ吹かしばえのしない兄貴風を吹かしながら、それでも先にたって井戸ばたのほうへやっていったようでしたが、まもなくふたりして、よちよちと、手おけに三杯掘り井戸の冷たいところを運んでまいりましたので、何をするかと思われたのに、いつもながらそういうところが、じつに右門流でした。
「さ、望みどおり殺してやるから、ちょっとこっちに首を出しなよ」
 いいつつえり髪を捕えて、そこの縁側へひきずっていくやいなや、やにわにじゃあじゃあとくみたての冷やっこいところを、少年の首から頭へ浴びせかけましたものでしたから、まことに春先ののぼせ引き下げにはこれこそ天下一品の適薬です。一杯一杯と浴びるごとに、しだいしだいと心が静まったとみえて、ややしばし少年がきょとんとしていましたが、いよいよいでていよいよ奇怪千万でした。にわかにがらりとうって変わって、神妙に右門の前へ両手をつくと、とつぜん変なことをいいだしました。
「あんまり腹がたちましたゆえ、ついカッとなりまして、前後も知らずにだいそれたまねをいたしましたが、もうお手向かいはいたしませぬゆえ、どうぞだんなさまも、わたしの姉をお返しくださりませ。お願いでござります。お願いでござります。はようお返しなされてくださりませ」
「なに※[#疑問符感嘆符、1−8−77] そなたの姉とな※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
 まったくの不意打ちでしたから、いたく右門もめんくらいましたが、しかし少年はおしかぶせるようにいいつづけました。
「おとぼけなさりますな! 先ほどだんなさまお自身がお引っ立てなさったはずではござりませぬか」
「まてまて。やぶからぼうに、妙なことばかり申すが、いったいわしがそなたの姉とやらをどうしたというのじゃ」
「どうしたもこうしたも、ちゃんとだんなさまご自身がよくご存じのはずではござりませぬか」
「ますます奇態なことを申しおるな。まさか、人違いしているのではあるまいな」
「ござりませぬ! ござりませぬ! たしかに、むっつり右門のだんなさまと承知して、すぐさまかように押しかけてまいったのでござります。わたくしの姉にかぎってそんなだいそれたことをいたすわけはござりませぬのに、親方を殺した下手人じゃとおっしゃいまして、つい今のさっきお引っ立てなさいましたとききましたゆえ、返していただきに上がったのでござりま
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