わててすそを直して、不意にいいました。
「ま! では、あの、またあたしは、だいそれたまねをしたんでござんしょうか! 指を切りに出かけたんでござんしょうか!」
いうと、恐ろしいものをでも見るかのように、自身の身のまわりをうち調べていましたが、ぐっしょり着物の水びたしになっているのを発見すると、
「どうしましょう! どうしましょう! また知らずに夢にうなされて恐ろしいまねをしたとみえます。どうしたらいいでござんしょう! どうやったら、この病が直るんでござんしょう!」
ぞっとおぞ毛[#「おぞ毛」はママ]を立てながら、おのが身ののろわれた病を嘆き悲しむかのようにつぶやいたものでしたから、伝六はいうまでもないこと、右門も事の意外から意外へ急転直下したのに、したたかおどろいていましたが、しかし、さすが捕物|侠者《きょうしゃ》です。妖女がはしなくもつぶやいた夢にうなされてといった一語を耳にすると、いっさいのなぞがわかったかのごとく、伝六を顧みていいました。
「どうやら、この女、夢癆《むろう》にかかっているらしいよ」
「え? ムロウってなんですかい。かっぱの親類ででもあるんですかい」
「とんきょうなことをいうやつだな。夢癆っていう病気なんだよ。それが証拠には、おれの大喝に出会って夢からさめたものか、きょときょとしているじゃねえか」
「はてね、奇態な病気があるもんですね」
しきりとけげんそうに首をひねりましたが、伝六としてはまた無理もないことで、夢癆というのは夢の病、すなわち今のことばでいえば夢遊病です。全然原因も動機もなくて、夜きまった時間になると必ず同じ夢にうなされ、本人は少しも知らないで、よく庭先をふらふらと歩きまわったり、あるいはまたお墓場へ行って、卒塔婆《そとば》の表をなでまわしてくるといったような実例をしばしば聞きますが、同時にまたなにか強く脅迫されたり迫害をうけたりすると、それが夢から幻に変じて、本人は全然知らないでいるのに、夢中のその幻に左右されながら、よく人をあやめたり、盗みを働いたりする場合があるので、右門は早くも妖女《ようじょ》の言動動作から夢遊病者だなということを看破しましたものでしたから、ここに問題は、それなる夢癆妖女がいずれの場合に属して、かかるのろうべき犯行をあえてしたか、その詮索《せんさく》が重大となってまいりました。
まことに、事件は怪奇な犯
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