わりふわりと風に乗ってでもいたかのように歩みつづけていた怪人が、いきなりそこにばたりと倒れてしまいました。その倒れ方がまた尋常ではないので、さながら棒を折りでもしたかのごとく、ポキリとのけぞってしまいましたものでしたから、伝六がくるくると目を丸めながら、何度もなまつばをごくごくのみ下していましたが、ようやく震え声でいいました。
「おっかねえ隠し芸を持っているだんなですね。あっしゃ今まで、だんなの得意は、草香流の柔術と錣正流《しころせいりゅう》の居合い切りだとばかり思い込んでいましたが、いつのまに、どこでこんな気合い術を新しくお仕込みなすったんですかい。まるで雷にでも打たれたように、すっかり長くなってしまったじゃござんせんか」
しかし、右門ははげしく首を振るといったので――、
「知らねえよ、知らねえよ。おらあ気合い術なんかは知らねえよ。それだのに、どうしたというんだろうな。まるで、妖怪変化《ようかいへんげ》にでも化かされているようじゃねえか」
けげんな顔をしながら舟龕燈《ふながんどう》をさしつけて、じっとうち倒れている怪人の姿を見調べていましたが、とっぜん意外なことをでも発見したかのごとく、おどろいて叫びました。
「おい、伝六ッ、伝六ッ。こりゃ女だぜ!」
「えッ。ど、どこにそんな証拠がござんすかい!」
「あの胸のところを見ろ! ぬれてぴったり吸いついている着物の下から、ふっくらと乳ぶさの丸みが見えるじゃねえか。念のため、きさまその覆面をはいでみろ!」
「えッ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「えじゃねえ、覆面をはいでみろ!」
「でもだ、だ、だいじょうぶですか」
「いざといや、草香流がものをいわあ。早くはいでみろ!」
おそるおそる伝六が近よって、こわごわ[#「こわごわ」は底本では「こわごろ」]覆面をはいでいた[#「はいでいた」は底本では「はいでみた」]ようでしたが、と――果然、黒布の下から、妖々《ようよう》として現われ出たものは、まだ二十六、七歳のあだめかしい、根下がりいちょうに結った青白い女の顔でしたから、ふたりが等しく意外な面持ちに打たれているとき、突然でありました。ぱっちりと妖女《ようじょ》がまなこをあけて、夢からさめでもしたかのごとく、きょときょとあたりを見まわしていたようでしたが、そこに右門主従のいたのを見ると、ぎょッとしたように起き上がりながら、あ
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