行より端を発して、さらに怪奇な発展をとげることになりましたが、見ると妖女は夢からさめて正気に返ったためか、水びたしになった五体を寒そうにぶるぶると震わしていたものでしたから、明知のさえとともに、いかなるときも慈悲の心を忘れぬ右門は、さっそく伝六に命じてたき火をこしらえ、女をいたわるようにあたらせてやると、例の烱々《けいけい》とした眼光を鋭く放って、いかなる秘密もなぞもおれにかかってはかなわないぞというように、じっとその身辺を見調べました。と――はしなくも名人の目に強く映ったものは、火にかざした女の両腕首に見える紫色のなまなまとしたあざのあとです。ついぞ今までなわにでもくくられていたために残ったあざあとのようでしたから、いかで名人の目の光らないでいらるべき――鋭くさえた声が飛んでいきました。
「そなた今まで手ごめに会っていたなッ」
「えッ!」
「おどろかいでもいい。そなたもうわさになりと聞いたであろうが、八丁堀のむっつり右門というはわしのことじゃ。白を黒といっても、この目が許さんぞ!」
鋭くいわれて、女はこわごわ面を上げながら、燃えさかってきたたき火のあかりで、しげしげ右門の姿を下から上に見ながめていましたが、そのみずみずしくも秀麗な美丈夫ぶりに、それとうなずかれたものでありましょう。くちびるまでも青ざめながら、観念したかのごとくにいいました。
「こうしてたき火にあたためさせてくださったご慈悲深さといい、いずれただのおかたではあるまいと存じていましたが、右門のだんなさまだったら、しょせん何もかももうお見のがしはなさりますまいゆえ、ありていに申し上げますでござりましょう」
「さようか、神妙ないたりじゃ。手ごめに会っていたとすると、あの屋敷がそもそも不審じゃが、いったい何者の住まいじゃ」
「あれこそは何を隠しましょう。絵師|眠白《みんぱく》の屋敷でござります」
「なに、眠白とな。眠白といえば、当時この江戸でも一、二といわれる仏画師のはずじゃが、それにしても一介の絵かきふぜいには分にすぎたあの屋敷構えはどうしたことじゃ」
「名代の強欲者でございますゆえ、高い画料をむさぼって、ためあげたものにござります」
「聞いただけでも人の風上に置けなさそうなやつじゃな。して、そなたは、眠白の何に当たる者じゃ。そのあだめいた姿から察するに、たぶん娘やきょうだいではあるまいが、囲われ者でで
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