戸錦がぷいと立ち上がって、にたり微笑を漏らすと、
「おいどんが負けでごんす」
 つぶやきながら、さっさとたまりへ引き揚げてしまったからです。それも一突きなりと突きあったうえで、そのうえ土俵を割ったとしたなら、まだ同じあっけなさでも考えようがあるというものですが、今立ち上がるか、いま取り組むかと、さんざん手に汗をにぎらしたうえで、行司が軍配を引くや同時に、ぷいと背をうしろに向けながら、おいどんが負けでごんすと、にやつきにやつき引き揚げてしまいましたので、あっけないというよりか、人を食ったその相撲ぶりに、西も東もあらばこそ、今はもうごっちゃになりながら、いっせいに総立ちとなって、口々にののしり叫びました。
「なんじゃ、見苦しい八百長《やおちょう》か! 八百長ならさし許さんぞ、もう一度取り直せッ。行司、なにをまごまごいたしおるか! 取り直させんか! 取り直させんか!」
 無理もないので、いずれもそれを八百長相撲と解したものか、なかにはお場所がらもわきまえず、土俵に駆け上がってしきりと怒号するものすらもありました。
 しかし、それらの騒ぎをよそにながめて、ただひとり微笑を含みながら、わが活躍の
前へ 次へ
全55ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング