ことのない右門の眼が烱々《けいけい》として異常な輝きを増すと、鋭いことばがすかさずに、あいきょう者のところへ飛んでまいりました。
「な、伝六ッ」
「えッ?」
「世の中にゃいか者食いの女もあるもんじゃねえか。どんな顔のどんなお腰元だかわからねえが、しきりと金切り声で秀の浦を声援しているやつがあるぜ」
「どうどう? どこですか」
「ほら、あっちのいちばんすみの奥から、さかんにやっているじゃねえか」
「いかさまね。女の旗本というのも聞いたことがねえから、虫のせいかな――」
 主従が疑問のまなこを光らしていぶかり合っているとき、土俵の上では仕切り直すこと六回、ようやく阿※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《あうん》の呼吸合するのとききたったとみえて、まず江戸錦の左の腕が、じり、じりと砂の上におろされました。つづいて剽悍児秀の浦の松かさみたいな左のこぶしが、同じくじりじりと砂の上におろされましたので、さっと軍配が引かれるといっしょに、肉弾相打って国技の精緻《せいち》が、いまやそこに現出されんとした瞬間――まことにどうも変な結果になったものでした。にらみ合っただけで一合も渡り合わずに、突然江
前へ 次へ
全55ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング