いたったか、事は疑問の慓悍児《ひょうかんじ》秀の浦の告白にすべての興味がつながれることになりましたが、しかし総じて物事というものは、とかくいま一歩ひと息というところで蹉跌《さてつ》しがちなものです。
「え? 秀の浦でごんすかい。あの野郎は、だれかごひいき筋のお客から、お酒のごちそうがあるんだとか申しまして、ほんの今ひと足先にけえりましたよ」
はせつけて秀の浦の在否をきくと、惜しいことにひと足違いでたち帰ったあとといったので、右門はいささかの狼狽《ろうばい》も見せませんでしたが、伝六がすっかりあわを吹いてしまって、八つ当たりにどなり散らしました。
「バカ野郎ども! おれさまたちが御用があるっていうのに、なぜ無断でけえしたんだ!」
「だって、からだがあきゃ、こっちの気ままでごんすからね。あの野郎もきょうの一番で、うめえご祝儀にあずかれると思ったか、まるくなってけえりましたよ」
「どっちへ行ったかわからねえか」
「さあね。どことも行き先ゃいわねえようでしたが、ここをまっすぐ北のほうへめえりましたよ」
だいたいの方角がわかりましたものでしたから、右門はまだぶつぶつ鳴っている伝六を促して、ただちにそのあとを追いました。なにしろ、小男の醜男の相撲取りという特徴のある相手でしたので、道々足を取りながら追っていくと、牛込御門のほうを目ざしていったという事実が判明したものでしたから、右門は居合わした詰め所の御門番衆について、それから先の行き先を尋ねました。
「いましがた色の黒い出っ歯の相撲取りがここを通ったはずでござりまするが、さだめしご門鑑改めをしたのでありましょうな」
「ええ、いたしました。秀の浦とやら、姫の浦とやら申したようでござりまするが、あいつのことでござりまするか」
「さよう。ご門を外へ出てからどちらへ参ったか、お気づきではござりませなんだか」
「それがちょっと妙なんでございますよ。相撲取りなどが乗るにしては分にすぎた駕籠《かご》が一丁、向こうの濠端《ほりばた》に待ち受けていましてな、まえから話でもついていたものか、あごでしゃくってそれに乗ると、濠端を四ツ谷のほうへいったようでござりましたよ」
しだいに秀の浦の身辺が、疑問と不審の黒雲に包まれだしましたものでしたから、右門はわざわざ出馬したかいがあるといいたげな面持ちで、すぐさま言われたとおり、濠端を四ツ谷目ざして追いかけました。
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けれども、そこまでははっきりと足跡が取れましたが、そこから先が少々ふつごうなことになってしまいました。というのは、ご門番が教えたような身分不相応の駕籠を打たせていったというその距離は、ほんのそこから二、三町ばかりのことだけで、佐内坂への曲がりつじまでさしかかると、そこにもう一丁からの別な町駕籠が待ち構えていて、ほとんどむりやりのように秀の浦をそのほうへ移し乗せながら、四人の替え肩づきでいっさんに駆けだしていったということが判明したからです。それも、駆け去っていった方向がだいたいながらもわかればまだいいのですが、あいにくと時刻はしゃくなたそがれどきで、あまつさえ乗せ移していったというその駕籠が、前の上駕籠とは品の違った、いっこう目じるしも特徴もない町駕籠でしたため、残念なことにはだれにきいてもその先がわからなくなってしまったものでしたから、とうとう伝六が音を上げてしまいました。
「ちぇッ、おかしなまねをしやあがるじゃござんせんか。どこへ消えちまったんでござんしょうね」
しきりと首をひねっていましたが、しかし右門はいたっておちつきはらったものでした。せっかく追いかけてきた肝心の秀の浦が行き先不明になったとしたら、当然の順序として、大手攻めの吟味方針は、ここに一|頓挫《とんざ》をきたさなければならないはずでしたのに、ごく物静かにいったものです。
「では、伝六、いつもの駕籠にしようかな」
「えッ、いつもというと、あの例のいつもの駕籠ですかい!」
「そうだよ。おまえと差しで、仲よくいこうじゃねえか」
「ちぇッ、ありがてえッ。おらにゃあのもぐら野郎がどこへ消えたかわからねえが、だんなにゃ先の先までもう見通しがついているとみえらあ。――ざまアみろい! あばたの野郎! 口まねするんじゃねえが、うちのだんなはちょっとできが違うぞッ!」
しかし、ひとりで伝六が強がって、さっそく駕籠を連れてきたまでは無事でしたが、右門があごをなでなでゆったりとそれへ乗ると同時に、がぜんそこから例の右門流が小出しにされだしました。
「行き先は八丁堀じゃ。それもゆっくりでよいぞ」
のみならず、八丁堀のそのお組屋敷へ駕籠を乗りつけると、意外や事件にさじを投げてしまったといったような面持ちで、ぬくぬくと置きごたつの中にはいりながら、草双紙かなんかをべらべらとやりだしたも
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