のでしたから、当然のごとくに口をとがらしました者は伝六でした。
「ちぇッ、ぬか喜びさせるにもほどがあるじゃごわせんかッ。ここはだんなのうちですぜ。さっき駕籠とおっしゃったときゃ、例のとおりと特にお断わりなさいましたから、てっきり秀の浦の野郎の行き先に眼がついてのことだろうと思ってましたが、珍しくもない、ここはだんなのねぐらじゃござんせんか。それとも、どこかその辺の押し入れの中にでも、秀の浦の野郎がころがっているというんですかい!」
 しきりとずけずけ例のお株を始めましたが、しかし右門はまったくもうさじを投げきったといいたげな顔で、草双紙のにしき絵に見入っていたものでしたから、かんしゃく持ちの伝六ががらにもなく偉い啖呵《たんか》をきってしまいました。
「じゃ、もうかってになさるがいいや。うすみっともねえ。むっつり右門のだんなともあろうおかたが、このぐれえなネタ切れで、さじを投げるってことがありますかッ。だんなはそれでいいかもしれませんが、あっしにゃ因縁づきの相手だからね。あばたのだんななんかに、みすみすとしっぽを巻いてたまりますかい。あとで後悔しなさんな!」
 自分ひとりでてがらにでもしようというつもりからか、ぷんぷんおこって出ていったようでしたが、駆けだしていくと同時でありました。表へ出るか出ないうちに、かみつくような声をあげて、けたたましく呼びたてました。
「ね、だんな、だんな! 大至急、大至急! 薄気味のわるいことをするやつがあるもんじゃござんせんか! うちの屋敷の門前に、死人を入れた駕籠がすえてありますぜッ」
 聞くや、右門もちょいとぎくりしたようでしたが、しかしほんのそれは一瞬だけのことでした。にんまり微笑を含みながら顔をのぞかせると、右門はやはり底知れぬ慧眼《けいがん》の持ち主です。ろくろく見改めもしないうちから、ことごとく伝六をおどろかしていいました。
「たぶん、秀の浦の死骸《しがい》じゃねえか」
「えッ※[#疑問符感嘆符、1−8−77] そのとおりですが、どうしてまた見ないうちにそんなことがわかりますかい」
「そのくれえな目先が見えなくてどうするかい。おまえの言いぐさじゃねえが、こんなことで音を上げるような右門だったら、それこそみなさまがたに会わする顔がねえや。さっき左内坂で新手の駕籠が奪い乗せるように秀の浦をさらっていったと聞いたときから、おそらく無事なからだじゃけえるめえと思ったからこそ、こうして行火《あんか》にぬくまりながら、騒ぎの起きるのを待ってたんだ。だが、それにしても、この死骸をおれの門前にすえておくなあちっと解せねえな。なにかそこらに書いたものでもありゃしねえかい」
「ありますよ、ありますよ。暗くてよくはわからねえが、ここに紙切れみたいなものが張ってありますぜ」
「そうかい。じゃ、だれのいたずらか、ぞうさなくめぼしがつくだろう。ちょっくら龕燈《がんどう》を持ってきてみせな」
 伝六の持ち運んできた龕燈をさしつけてみると、果然その紙片には次のごとき文句が書かれてありました。
「――おきのどくだが、むっつり右門も今度はびっくり右門になったようだな。たぶん、きさまの会いたいやつはこの死人だろうから、顔だけは拝ましてやらあ。せいぜい悔やしがって、じだんだでも踏みな――」
 だれともはっきりした名まえは書いてなかったので、伝六はむろんのことに首をひねりましたが、しかし右門は読み下すと同時に、かんからと大笑しながら吐き出すようにいいました。
「笑わしゃがるね、敬四郎のしわざだよ。それにしても、およそ子どもっぽいいたずらをしたもんじゃねえか。悔やしがってじだんだ踏めとしてあるが、どこのじだんだを踏むのかな」
「じゃ、あのいもづらのだんながしたんですかい」
「そうさ、敬四郎でなきゃ、こんな自慢たらしい狂言はやらないよ。きっと、そこらあたりでこっちの様子でも伺っているにちげえねえから、ちょっくらその辺を捜してきてみな」
 いったとき、案の定、あばたの敬四郎がうしろにその一党を引きつれて、しかもいかなる嫌疑《けんぎ》のもとにか、あの美男相撲の江戸錦を高手小手にいましめながら、せせら笑いわらい近よってまいりましたので、何をいうかと待ちかまえていると、近づくやまずこづら憎げにいどみかかりました。
「おきのどくだが、今度はお先にご無礼したな。何もかもめぼしがついてしまったから、てがらはこっちへちょうだいするぜ」
 むろんのことに、伝六はかんかんになったようでしたが、しかし右門はいたってゆうぜんとしたものでした。例のあの苦み走った男まえに、ほんのりと微笑を見せると、物静かにききたずねました。
「とおっしゃいますと、なんでござりまするか、あの一番が遺恨相撲であったことも、それなる江戸錦がこの秀の浦の下手人であるということも、すっ
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