ると、自然にその声援が殺気を帯びて、ことごとに東方の大名連中に当たりだしました。
「秀の浦、しっかりしろよ! 相撲は顔で取るものでない、力で取るものじゃ。家名にかけても天下のご直参が声援するによって、負けるなよ! 負けるなよ! 負けるなよ!」
 至極もっともなことをいいながら、しきりとつらあてがましい声援を始めました。すると、これが奇態なもので、大名たちのうちにも気骨のある者が交じっているのか、応じて叫ぶ声がきこえました。
「いや、相撲とて、醜男より美男子のほうがよいに決まっているぞ。江戸錦負けやるなッ。負けやるなッ」
 これも一理あることを叫びながら、遠慮せずに旗本どもの声援を交ぜっ返しました。それを聞いてすっかり悦にいったものは、いうまでもなくお局連のお女中群で――、
「ま! 意気なことをおっしゃる殿さまじゃ。江戸錦! そのとおりでありますぞ、わらわが控えているほどに、負けてはなりませぬぞ。勝ってたもれよ! 勝ってたもれよ!」
 身のたしなみをうち忘れ顔で、中にははしたなくもほおさえも染めながら、ここを先途と声援をつづけました。
 ところで、気にかかるのはわれわれのむっつり右門がどこにいるか、その居どころですが、こういう催しごとのあるたびごとに、いつもお町方付きの与力同心たちは、警衛警備がその第一の目的でしたから、かれら一統のさし控えていた席はちょうど東方西方のまんなかになっている棧敷《さじき》土間でありました。
 だから、自然両方の声援ぶりがいちどきに耳にもはいり、目にもはいりますので、さっそく場所がらもわきまえず十八番《おはこ》のお株を始めましたものは、右門のいるところ必ず影の形に沿うごとくさし控えている例のおしゃべり屋伝六です。
「おッ、ね、だんなだんな! ちょっとあちらをご覧なせえましよ。世の中にゃ妙な顔をした女もあるもんじゃござんせんか。いま黄色い声で江戸錦に声援した腰元は、目が三角につり上がっていますぜ。あの顔で江戸錦をものにする気でいるんだから笑わせるぜ。――だが、そのうしろにちんまりとすわっている小がらのほうは、なかなか話せそうだな、ひと苦労するなら、まずあの辺かね」
 そうかと思うと、今度は河岸《かし》を変えて、旗本席のほうをしきりにじろじろ見回していたようでしたが、うるさくまた話しかけました。
「ね、ちょっと、だんな、だんな! あそこのすみに
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