《しげえ》にぶっつかったとは、たしかにはっきりいいましたっけね」
「そうだろ、にもかかわらず、あばたの大将ときちゃ、てめえで本人の張り番をしていたことをすっかり忘れちまっているんだからね。そんなでくの棒のくせに、折り紙つきのこの右門と張り合おうというのは大違いだよ」
「ちげえねえ、ちげえねえ、そのせりふを聞いて、すっかり溜飲《りゅういん》が下がりやした。じゃ、なんですね、だれかほかに下手人があって、そやつが江戸錦に罪をきせるため印籠の細工をしたというんですね」
「あたりめえさ。だから、お城へひとっ走り行ってこいといってるんだよ」
「まあま、待ってください。行くはいいが、お城にその肝心の下手人がいるとでもいうんですかい」
「聞くまでもねえこったよ。おれの目玉が安物でねえ証拠をいま見せてやるから驚くな。下手人は女だぜ」
 ずばりと断定するように言い切ると、なにやらごそごそたもとの中を探っていたようでしたが、まもなく右門の取り出したものは、さっきすばやく駕籠の中から拾い取ってしまっておいたあのふところ紙でありました。妙な品物でしたので、伝六は目をぱちくりさせていましたが、右門は莞爾《かんじ》とばかりうち笑《え》むと、それを伝六の眼の前にさしつけながらいいました。
「どうだ、早わざに驚いたろ。まず第一は、この紙ににじんでいる赤い色が二通りになっているから、目のくり玉をあけてよく調べてみなよ」
「いかにもね。こっちのべたべたにじんでいるどす黒いやつア、たしかに血の色にちげえねえが、そっちのちっちぇえ赤い色は、どうやら口紅のあとじゃござんせんかい」
「そうだよ、ふところ紙に口紅のあとがついているとするなら、この紙の持ち主が女であるこたあ確かだろ。そこで、第二はこの紙そのものだがね、おまえのような無粋なやつあ、このなまめかしいふところ紙がなんてえ品物かも知るめえなあ」
「ちぇッ、つまらんところでたなおろしなんぞしなくたってようがすよ。無粋だろうと、ぶこつだろうと、大きなお世話じゃござんせんか。なんてえ紙ですかい」
「これが有名な筑紫漉《つくしずき》だよ」
「へへえ、なるほどね。筑紫漉といやあ思い出しましたが、大奥のお腰元が使うとかいう紙ゃあこれですね」
「そうさ。だから、これでこのふところ紙の持ち主ぁ女で、しかも大奥のお腰元だっていうことがわかったろ。しかるにだ、まだ一つおれでな
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