をたもとに拾い入れると、もうこれさえ見つかればおれのものだといわぬばかりに、莞爾《かんじ》とうち笑《え》みながらいいました。
「いや、どうもけっこうなおみやげをわざわざお届けくださりまして、ありがとうござんした。だが、いかにてまえがひとり者でも、死人と同居はあまりぞっといたしませんからな。せっかくながら、お持ち帰りを願いますかな。では、失礼つかまつりますよ」
 いたって皮肉に言い去ると、あごをなでなでへやの内へ取って返したようでしたが、そこへ伝六が目をぱちくりさせながらやって来たのを見ると、猪突《ちょとつ》に命令を発しました。
「さ、忙しいぞ。きさまこれから大急行でお城まで行ってこい!」
「えッ、お城なんぞに今ごろ何か用があるんですかい。さすがのだんなも、今度という今度は、あのあばたづらにしてやられたんで、退職願いでもしようとおっしゃるんですかい」
 不意に御殿へ行ってこいといったものでしたから、いつもながらの伝六がすっかりそれを辞職願いと勘違いしたのも無理のないことですが、しかし右門はポンと大きく胸をたたくと、しかるようにいいました。
「江戸八百八町がごひいきのむっつり右門じゃねえか。退職願いを出すなあ敬四郎のほうだよ」
「じゃ、なんですかい、だんなはまだ勝つつもりでいらっしゃるんですかい」
「おかしなことをいうね。するてえと、なにかい、おまえこそおれが負けるとでも思っているのかい」
「だって、そう思うよりほかにしかたがねえじゃござんせんか。秀の浦の死骸《しげえ》のそばに江戸錦の持ち物の印籠《いんろう》がおっこちていたっていやあ、だれだってもうしっぽを巻くよりほかにしかたがねえんだからねえ」
「あきれたもんだな。じゃ、おまえにきくが、おまえはいったい江戸錦がふたりいると思っているのかい」
「ちぇッ、バカにしなさんな! そんなこと、ひとりにきまってるじゃござんせんか」
「そうだろ。だとしたら、おまえももうちっとりこうになってみねえな。江戸錦が殺した殺したというが、その江戸錦ゃああの相撲が終わるからずっと今まで、敬四郎の野郎がそばにくっついて番をしているはずじゃねえのかい」
「な、なるほどね。大きにそれにちげえねえや。あばたの野郎自身も、たしかにそういいましたっけね。いくら江戸錦を締めあげても遺恨の子細を白状しねえので、四ツ谷見付までしょっぴいていったら、秀の浦の死骸
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