かり眼がついたというのでござりますな」
「あたりめえだ。眼がついたからこそ、こうしてきさまにも拝ませに連れてきたんじゃねえか」
「でも、ちょっと不思議じゃござんせぬか」
「何が不思議だ」
「遺恨を仕掛けられたものこそ江戸錦のほうなんだから、その江戸錦が秀の浦をあやめるたあ、ちっと筋が通らないように思いますがね」
「だって、こういうれっきとした証拠がありゃ、しかたがねえじゃねえか」
「ほほう、りっぱな印籠《いんろう》のようだが、どこかに江戸錦の持ち物だっていう目じるしでもござんすかな」
「そのでかい字が読めねえのか、印籠の表に、ひいきより江戸錦へ贈るっていう金泥《きんでい》流しの文字がちゃんと書いたるじゃねえか」
「なるほどね。この字が見えねえようじゃ、おれもあき盲にちげえねえや。そうするとなんですな、昔からよくある古い型だが、この印籠が秀の浦の死骸《しがい》のそばにでも落っこちていたというんですな」
「いうまでもねえや。それも、ただのところに落っこちていたんじゃねえんだ。この江戸錦の野郎をいくら締め上げても、知らぬ存ぜぬと言い張って遺恨相撲の子細をぬかしゃがらねえから、それなら秀の浦とふたりを突き合わして白状さしてやろうと、こやつめをしょっぴきながら秀の浦のあとを追っかけていったら、かわいそうに、四ツ谷見付の土手先でこの駕籠へはいったまま、あけに染まってゴネっているんだ。しかも、その駕籠の中にこの印籠が落っこちていたんだから、だれだって江戸錦が下手人と思うに不思議はねえじゃねえか」
 事実としたら、いかさまこれは、敬四郎が江戸錦を下手人と思うに不思議はないことでした。左内坂から行き先不明になった秀の浦が死骸となって駕籠にのったまま四ツ谷見付の土手先にころがっていて、その駕籠の中の死骸のそばに、江戸錦所有の印籠が落ちていたというんですから、まことに敬四郎が大得意になって、こんな狂言じみた死骸持ち運びの一幕を演じたのは当然のことです。が、しかし、われらのむっつり右門は常に別あつらえの頭脳の持ち主です。早くもなにごとか思い当たったとみえて、うそうそと笑いながら龕燈《がんどう》を駕籠の中へ差し入れると、しきりに秀の浦の傷口を見調べていたそうでしたが、――と刃先の血のりをぬぐって、そのまま不用意に捨ておいていったらしいふところ紙がそこにころがっていたのを見つけて、すばやくそれ
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