事なからだじゃけえるめえと思ったからこそ、こうして行火《あんか》にぬくまりながら、騒ぎの起きるのを待ってたんだ。だが、それにしても、この死骸をおれの門前にすえておくなあちっと解せねえな。なにかそこらに書いたものでもありゃしねえかい」
「ありますよ、ありますよ。暗くてよくはわからねえが、ここに紙切れみたいなものが張ってありますぜ」
「そうかい。じゃ、だれのいたずらか、ぞうさなくめぼしがつくだろう。ちょっくら龕燈《がんどう》を持ってきてみせな」
 伝六の持ち運んできた龕燈をさしつけてみると、果然その紙片には次のごとき文句が書かれてありました。
「――おきのどくだが、むっつり右門も今度はびっくり右門になったようだな。たぶん、きさまの会いたいやつはこの死人だろうから、顔だけは拝ましてやらあ。せいぜい悔やしがって、じだんだでも踏みな――」
 だれともはっきりした名まえは書いてなかったので、伝六はむろんのことに首をひねりましたが、しかし右門は読み下すと同時に、かんからと大笑しながら吐き出すようにいいました。
「笑わしゃがるね、敬四郎のしわざだよ。それにしても、およそ子どもっぽいいたずらをしたもんじゃねえか。悔やしがってじだんだ踏めとしてあるが、どこのじだんだを踏むのかな」
「じゃ、あのいもづらのだんながしたんですかい」
「そうさ、敬四郎でなきゃ、こんな自慢たらしい狂言はやらないよ。きっと、そこらあたりでこっちの様子でも伺っているにちげえねえから、ちょっくらその辺を捜してきてみな」
 いったとき、案の定、あばたの敬四郎がうしろにその一党を引きつれて、しかもいかなる嫌疑《けんぎ》のもとにか、あの美男相撲の江戸錦を高手小手にいましめながら、せせら笑いわらい近よってまいりましたので、何をいうかと待ちかまえていると、近づくやまずこづら憎げにいどみかかりました。
「おきのどくだが、今度はお先にご無礼したな。何もかもめぼしがついてしまったから、てがらはこっちへちょうだいするぜ」
 むろんのことに、伝六はかんかんになったようでしたが、しかし右門はいたってゆうぜんとしたものでした。例のあの苦み走った男まえに、ほんのりと微笑を見せると、物静かにききたずねました。
「とおっしゃいますと、なんでござりまするか、あの一番が遺恨相撲であったことも、それなる江戸錦がこの秀の浦の下手人であるということも、すっ
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