のでしたから、当然のごとくに口をとがらしました者は伝六でした。
「ちぇッ、ぬか喜びさせるにもほどがあるじゃごわせんかッ。ここはだんなのうちですぜ。さっき駕籠とおっしゃったときゃ、例のとおりと特にお断わりなさいましたから、てっきり秀の浦の野郎の行き先に眼がついてのことだろうと思ってましたが、珍しくもない、ここはだんなのねぐらじゃござんせんか。それとも、どこかその辺の押し入れの中にでも、秀の浦の野郎がころがっているというんですかい!」
 しきりとずけずけ例のお株を始めましたが、しかし右門はまったくもうさじを投げきったといいたげな顔で、草双紙のにしき絵に見入っていたものでしたから、かんしゃく持ちの伝六ががらにもなく偉い啖呵《たんか》をきってしまいました。
「じゃ、もうかってになさるがいいや。うすみっともねえ。むっつり右門のだんなともあろうおかたが、このぐれえなネタ切れで、さじを投げるってことがありますかッ。だんなはそれでいいかもしれませんが、あっしにゃ因縁づきの相手だからね。あばたのだんななんかに、みすみすとしっぽを巻いてたまりますかい。あとで後悔しなさんな!」
 自分ひとりでてがらにでもしようというつもりからか、ぷんぷんおこって出ていったようでしたが、駆けだしていくと同時でありました。表へ出るか出ないうちに、かみつくような声をあげて、けたたましく呼びたてました。
「ね、だんな、だんな! 大至急、大至急! 薄気味のわるいことをするやつがあるもんじゃござんせんか! うちの屋敷の門前に、死人を入れた駕籠がすえてありますぜッ」
 聞くや、右門もちょいとぎくりしたようでしたが、しかしほんのそれは一瞬だけのことでした。にんまり微笑を含みながら顔をのぞかせると、右門はやはり底知れぬ慧眼《けいがん》の持ち主です。ろくろく見改めもしないうちから、ことごとく伝六をおどろかしていいました。
「たぶん、秀の浦の死骸《しがい》じゃねえか」
「えッ※[#疑問符感嘆符、1−8−77] そのとおりですが、どうしてまた見ないうちにそんなことがわかりますかい」
「そのくれえな目先が見えなくてどうするかい。おまえの言いぐさじゃねえが、こんなことで音を上げるような右門だったら、それこそみなさまがたに会わする顔がねえや。さっき左内坂で新手の駕籠が奪い乗せるように秀の浦をさらっていったと聞いたときから、おそらく無
前へ 次へ
全28ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング