きのけるようにしながら駆けぬけると、案の定もう功を争いだしたものでしたから、おこぜのごとくカンカンになってしまったものは義憤児伝六でありました。
「それ、ご覧なせえまし、いううちに、もうじゃまだてを始めたんじゃござんせんか。だんなもあの江戸錦を洗ってみるお考えだったんでがしょう」
「そうだよ」
「なら、だんなのほうがひと足はええんだから、こっちへ玉をさらったらどうですか」
「まあそう鳴るなよ、鳴るなよ。おれの知恵は、いつだって出どころが違うじゃねえか。ほしいものならやっときな――」
それを右門はあくまでもすがすがしい大腹で、微笑を含みながら見ながめていましたが、そのときはからずも、いま出どころが違うといった右門のその明知の鏡にちらりと映じ写ったものは、そこのしたくべやの明け荷の前に、腕組みをしている一人の勧進元《かんじんもと》らしい年寄りでありました。青ざめ顔でしんねりむっつりと腕を組んでいる様子が、やはり今の珍相撲の一番に頭を悩ましてでもいるらしく思われましたので、右門は目ざとくもそれを認めると、あばたの敬四郎たち一党に気づかれないようにというつもりから、腰にしていた白扇をそっと抜きとって、こっそりそのほうへ投げつけました。年寄りはおどろいたように面をあげたので、右門は目まぜでいざないながら、棧敷《さじき》のすみの目だたないところへ連れていくと、さっそくに尋問を開始いたしました。
「思うに、そちの思案していることも、今のあの奇怪至極な勝負に胸を痛めてのことじゃろうと察するが、どうじゃ、違ったか」
「へえい……」
「ではわからぬ。どうじゃ、違ったか」
「いいえ、おめがねどおりでござんす」
「するとなんじゃな、やっぱりあの一番は、わしのにらんだとおり八百長ではなかったのじゃな」
「ええ、もう八百長どころか、どうしてあんな遺恨相撲になったかと、いっしょうけんめいそれを思案していたのでごんす」
「ほほうのう。やっぱり、遺恨相撲じゃったか。わしもちらりとあの秀の浦とやらいう西方相撲の仕切りぐあいを見たとき、あやつの目のうちにただならぬ殺気が見えたゆえ、どうもおかしいなと思うていたのじゃが、ではなんじゃな。そちの口裏から推しはかってみるに、今までふたりは遺恨なぞ含むようなかかり合いはなかったというのじゃな」
「ええ、もう遺恨どころか、もともとあの野郎どもは相べやで、そのうえ
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